鎌倉、まぼろしの風景。264

　
　鎌倉市の北西部にある　大船（おおふな）、小袋谷（こぶくろや）、台（だい）。
　私の生活圏であるこのあたりは、とても魅力的な謎に満ちた所です。
　特にせいしく橋（水堰橋）と離山（はなれやま）、その間を繋ぐ直線道については何度かこのHPにも書いてきました。
参照：156.せいしく橋の伝説
参照：219.星宿橋と梅田川の北斗
参照：220.徳蔵山東渓院と梅田川の北斗
　明治初年のJR横須賀線の通っていない地図と現在の地図を、歴史的農業環境閲覧システムの比較地図でご覧下さい。
　古来より「名にし負う離山」と「玄武である亀の子山」は、両方とも分譲地に変りましたが、古道は今も変わらずにあるのです。

拙著「織姫星と鎌倉」には、せいしく橋を星の観測所として、この直線道の作られた意味を想像しました。それは北極星が織姫星から現在の北極星ポラリスを経てまた織姫星に戻る、約2万6千年の軌道の大円を空に描くことです。
　北極星が織姫星から兜跋星（トゥバン）を経て、21世紀の北極星（ポラリス）まで巡る、歳差運動の大円を、平安時代以前なら、この橋の上から玄武亀甲山の上に易々と描くことが出来たのです。その大円を描く為の直線道であると、解説しました。

　兜跋毘沙門天像で有名なトゥバンという名は、中国西域の兜跋国（とばつこく）と同じ名です。それは現在のトゥルファンで中東の星占いの文化を伝える国と思われるのです。

　トゥバンという恒星は竜座のα星（アルファせい）で４等星の明るさしかありません。なのにりゅう座のトップ、アルファ星になっているのは、紀元前2790年頃にはこの星が北極星であったから。約5000年前のメソポタミアで北極星として認められたトゥバン。そのメソポタミアからマギと呼ばれる魔法使い（天文学と医療に詳しい）が世界中の王朝に入り込み、王の政治顧問として占星術を駆使したそうです。星占いでキリストの生誕を知りお祝いに駆けつけた東方の三博士とは、これは新約聖書に載るお話ですが、三人の星占いの博士とは、そんなマギであったというのです。星の文化の残り香が感じられます。中国にも日本にも、彼等は渡って来ていたでしょう。あるいはメソポタミア由来の文化を伝える一族が、日本にも居たのかもしれません。
　鎌倉にもある星を見る直線道が、奈良明日香村から法隆寺を繋ぐ太子道と同じであると、気付きました。

　太子道は飛鳥の宮殿跡と斑鳩の法隆寺を結ぶ直線道で、聖徳太子が通ったと伝わる道です。
　筋違道とか法隆寺街道とも言うそうです。奈良県磯城郡三宅町伴堂のあたりに今も3kmほど残っていて、それは見事な直線道です。

　この道は法隆寺の東側の高安に到達して、直接に法隆寺と飛鳥宮を結んでいるものではありません。
　弥生時代から古墳時代にすでにあった道なのだそうです。聖徳太子はその古道を使っていたのでしょう。
　鎌倉の直線道の方は、源頼朝が隊列を整えたという場所にある道です。
　騎馬を数えたのだろうとも言われています。つまり鎌倉時代が始まる時にすでに存在していた道です。それが飛鳥の時代の道と同じ設計とは。
　そしてこの道のオリジナルは（それはどこなのかわかりませんが）飛鳥時代からさらに数百年遡る道である、とは。
　鎌倉市に残る古道は、歴史を探る資料として大切な遺跡であると、つくづく思います。

　ところで。人は道が無くとも自由に野原や山を歩く事ができます。
　山にある獣道は動物の往来で出来る道で、歩きやすい場所を、つまり同じ高さの場所を自然に選び出すと山の高低に沿ってうねうねと曲がることになります。
　山の麓を巡る道。川に沿った道。自然にできる道は直線にはなりにくいでしょう。
　つまり直線道は人間の力を見せつける装置でもあります。人の文化を風景の中に描き入れるとき、直線道は美しく映えます。そこに豊かに暮らす人の文化があるとアピールします。
　人工の極みであると思うのです。
　そして道は放置すると草が生え灌木が増えてしまいます。道には人が利用して維持してきた歴史があるのです。人間の豊かな暮らしが長く続いていると、直線道のある風景が語りかけます。
　飛鳥の時代よりも古くから有るという、この特殊な向きを持つ直線道に、とても魅力を感じています。星の観測所であるとすれば、道の北端に星を見る人が立っていて、南南東の道の先から、南極老人星カノープスが昇ってくるのを見ていたはずです。真南に、なだらかでとんがっている山の山頂があったなら、山の尾根を伝う松明の明かりの様な、赤い星が山を登っていくように、見えたはずです。
　この傾斜を持つ直線道は、飛鳥に特有なものではなく、鎌倉にもあり、もっと各地にあったかもしれない。そう心に留めておくと、やはり道は現れて来るのでした。

　新潟県胎内市黒川の集落を貫く県道402号線と493号線は平行な直線道です。特に402号樽ヶ橋長政線は町の中心にあり、南南東の道の先に鳥坂山（とっさかやま）の山頂を据えた設計です。道は歩くためだけに作られるものではなく、視線を導く装置であることを今も主張しています。グーグルマップのストリートビューを見れば、道の先に美しい鳥坂山の山容が数百年、数千年も変わらずにあることを確かめることができます。
　各地の県道は古くからの街道であることが多いのですが、402号線もその風格を持つ直線道です。実際に道がいつからあるのかは、調べることはできませんでしたが。

　胎内市の黒川とは、どんな歴史を持つ町なのでしょうか。

　黒川の南を流れる胎内川のさらに南西に旧中条（なかじょう）町があります。2005年に北蒲原郡中条町と黒川村が合併して胎内市になりました。
　新潟県胎内市あかね町には奥山荘歴史館があります。平安時代に城(じょう)氏が治めていた摂関家の荘園、奥山荘がこのあたりにあったのです。
　桓武平氏として源頼朝の軍勢と対立した城（じょう）氏。その城が鳥坂山にありました。
　後に三浦和田一族の所領となり、荘園は北条、中条、南条の3つに分けられて、北条に住む一族が黒川を名乗り、中条の一族が中条と名乗ったそうです。
　ところで「条」と言ったら条里制を思い出します。統一規格に土地を区切った、天平から平安時代の区画割りです。荘園にも条里制が採用されたそうです。
　正方形を36分割して北から南へ一条、二条、東方向に一里、二里と数えたそうです。つまり北条、中条、南条は、南北に分割していますから、条里制に影響された分割なのでしょう。
　それでは城氏とは、条氏？
　伊豆の北条から出た鎌倉幕府執権北条氏は、越の国の黒川(北の条)と関係がある？どうでしょう？

　黒川の地名の由来は日本書紀にある通り。
　天智天皇７(668)年７月条
　「越の国　燃ゆる土と燃ゆる水とを献る。」
　地下から湧き上る原油が黒い川となって流れている地。黒川。
　においのキツい臭水（くそうず）が湧出する地の名前。
　源頼朝が育った伊豆も原油の湧き出る所ですが、天智天皇の時代に、越の国は不思議な物が湧き出る不思議な国だと思われたでしょう。
　黒は北を表すので、黒い川と言ったら普通は北の川というイメージですが。本当に黒い液体が流れ出る川は、日本中でここだけだったと想像します。
　各地にある黒川という地名と黒川という川の名前の、そのオリジナルは、原油の湧き出す胎内市黒川にあると思ってしまいます。

　奥山荘の城一族の逸話は吾妻鏡にも載っています。後に梶原景時の助力を得て、鎌倉幕府に仕えることになったのですが。
　建仁元年(1201 )城資盛（じょうすけもり）は叔母の坂額御前（ばんがくごぜん）と鳥坂城で挙兵して、鎌倉幕府の佐々木盛綱に敗退しました。あるいは正元２年(1260)鎌倉幕府の元旦のお祝いに、城四郎時盛が「四の御馬」という役に抜擢されました。
　この時１９才の城四郎とは安達時盛のこと。そして城九郎と呼ばれた兄が安達泰盛なのだそうです。驚きです。安達泰盛が城さんだったなんて。
　16年後になぜか安達時盛は、鎌倉の寿福寺に蟄居。彼の領地は没収。兄は弟と絶縁。何があったのでしょう。
　さらに９年後に安達時盛は高野山で死去。４４才。
　弟が死んで５ヶ月後に霜月騒動が勃発します。弘安８年11月17日(1285.12.14)、安達泰盛とその一派は鎌倉だけでも数百名、ことごとく殺され、自害し、日本中で残党狩りがあったそうです。恐怖が日本中を席巻したでしょう。安達泰盛とは無関係だと、息を殺して暮らしたでしょう。
　吾妻鏡は弟の失脚の十年前までしか書かれていません。
　参照:現代語訳吾妻鏡

　直線道にお話を戻します。
　鎌倉市小袋谷にある直線道は南南東で台山にぶつかり、道の終わりとなります。ここに灯明を灯して星の印にした人がいたのだと想像してみます。
　その場所に蔵王権現が現れる星図を重ねてみます。役行者の修験道です。鳥海山の上に北斗七星が立ち、月山の上にオリオン座と犬狼星が巡って来た瞬間の星図です。
　それを見る場が山形県鶴岡市の黒川の春日神社でした。ここに黒川能が伝わっていて、鳥海山と月山を歌った大地踏みが演目に有ります。
参照：拙著　織姫星と鎌倉

　この図を鎌倉市の台山のふもとに重ねて見ます。太子道と同じ直線道の南端は４叉路の辻、亀の子山の厳島神社の真南に当たります。ここに立って、星を見る線を引いてみます。
　北北東１８度に北斗七星が立ちます。台山の麓からひく１８度の直線は、常楽寺の参道に重なりました。そして寺に至ります。
　これは偶然でしょうか。

　常楽寺は石器時代と弥生時代の遺跡の岡にある古刹です。建長寺ができるまで、中国から来た建長寺開山の蘭渓道隆が暮らしたことで有名です。
　参道が１８度というのも不思議ですが、その延長が太子道の終点に来るというのもまた不思議です。
　まるでその様に常楽寺が設計されていた、かのようです。
　北斗七星が１８度に、常楽寺の上に立った時、南南東１３５度にオリオン座と犬狼星が来ています。
　この１３５度の線に沿って、台山に道が延びています。驚きです。線と道が重なるのです。

　台山の頂上は海軍さん通りと呼ばれ、戦争の時代に将校さんの住宅地になりました。その道は明治初年の地図には描かれていません。
　その代わり、太子道の終わりから光照寺にかけての古道が、明治初年の地図にも現在の地図にもあります。
　この細い道が１３５度の星を見る視線に重なるのです。驚きです。
　この道の途中に、北鎌倉の名店であるネストがあります。お茶やランチに利用できる美しいカフェギャラリーです。その道の先にオリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスが巡って来るのです。そのために作られた１３５度の道です。
　鎌倉の古道は変らずに大切に守られてあるのだと、感動します。その事をもっと、語っていこうと思うのです。

　鳥海山の上に北斗七星が立ち、月山の上にオリオン座と犬狼星が来る時。それが黒川能の大地踏みに歌われた風景です。
　その風景は鎌倉の大地の上にも、道として刻まれていたのです。それがいつ作られたのか、知りたいと思っています。

　大分県の由布岳の上に北斗七星が立ち、傾山の上にオリオン座と犬狼星が巡ってくる。それを見る場が大分県竹田市の猪鹿狼寺（いからじ）でした。
　阿蘇神社の大宮司家にこの秘法を習って、源頼朝の命を受けた梶原景季（かじわらかげすえ：梶原景時の子）は1186年にここで狩を試行します。文治の勅許（守護・地頭の任命を許可する）が下された文治元年の翌年です。この勅令を持って鎌倉幕府の成立とするそうです。

　富士山の上に北斗七星が立ち、伊豆の天城山の上にオリオン座と犬狼星が巡ってくる。それを見る場が富士の巻狩り跡地の曽我寺でした。
　建久3年（1192）に源頼朝は征夷大将軍になり、その翌年に行われた富士の巻狩は軍事演習であり、祝祭でもあったでしょう。
　富士山の上に北斗を迎えて、古式巻狩は呪術として行われたのかもしれません。

　源頼朝を支えた関東の平氏たちは桓武天皇の息子の葛原親王の子供たちから始まっています。桓武天皇の妻、葛原親王の母である多治比真宗は、多治比一族が祀ったと思われる北辰信仰を親王に伝え、それは坂東平氏に広く伝わっていきました。平将門に七人の影武者がいたとか、千葉城には北斗七星の形に７つの塚があるとか、語られるのは、この北辰信仰の残り香です。
　すべての天体は地球の日周運動のために一日に空を一回転しているように見えます。でも北極星のある天の北極は、回転の中心ですから動かず、宇宙の王の玉座であるとされました。当時は北極星と呼べるような大きい星が見当たらなかったために、北斗七星の向きで天の北極の位置を見定めていました。天帝（天の皇帝）は北斗七星という車に乗って領地を巡回しているので、王座が空席なのだと語られました。北斗七星がとても重要だったのです。
　その北斗七星を式服の背に縫い付けて、中国の皇帝は即位を天に告げる儀式をしました。夏至の祀りは都の北で、冬至の祀りは都の南で行われました。
　桓武天皇は冬至の時期に交野、枚方市の柏原の野原でこの祀りをしたそうです。ここは天皇の御狩り場であり、幾度も鷹狩りが行われたそうです。

　その交野に立って、山の頂上に星が巡って来るのを待ちましょう。
　石清水八幡宮の男山（御山）の西に鳩ガ峰(142m)があり、ここが平安京の遷都の時に桓武天皇が経筒を埋めた経塚であると知りました。古くからの聖地だそうです。
　では、桓武天皇は交野の野に立ち、鳩が峰に北斗七星が立つのを見たのでしょう。この時、交野山の上にオリオン座と犬狼星があったでしょう。それが桓武天皇の古式の狩。冬至の郊祠であったと想像してみました。

参照：民間伝承の地域的特性に関する歴史地理学的研究　中村好恵　2011年
参照：桓武天皇の平安遷都における納経の地　京都四岩倉について　渡部隆三　1992年
参照：233.猪鹿狼寺の秘密
参照：257.源頼朝の古式巻狩