鎌倉、まぼろしの風景。234

　７月13日2014年、昨日の事、洲崎陣出の杜の会が主催する「鎌倉・深沢地区大規模開発予定地の見学ツアー」に参加した。
　東京ドーム３個分の更地を見るのは気分が良かった。
　西側に、川向こうの藤沢市宮前の御霊神社の山が見えて、実に美しかった。
　あれが平良文の屋敷跡である。平将門の叔父さんだ。日本の北側の治安を守っていたエラい人。
　平良文の息子達が御霊神社を深沢に勧請し、そこから坂の下の御霊神社へと移って行く。御霊神社が柏尾川を渡り、権五郎景正が源氏とともに戦った事で、鎌倉が始まったのだ。坂東平氏の開発した鎌倉に源頼朝は迎えられた。東国の都となる鎌倉である。

　宮前の御霊神社のその向こうは丹沢山系で、更に先は2,000mを誇る甲斐の山々だ。
　そして富士山は左手に見える。この時は叶わなかった展望だけれど。

藤沢市宮前の御霊神社の山

　東側には深沢の御霊神社の山が見えていた。建物でほとんど隠れているけれど、東西に呼応する山が、川の向こうとこちらにあった様子が良くわかった。
　配布された資料には、昭和20年頃の写真が載っていた。見通しの良い景色だった。
　昭和の30年代に私が初めて大船の盆地を見た時もこんな景色だった。白鷺が舞う水田に朝霧が降りる場所だったのだ。

泣塔は木の陰　やぐらが見えている

　この敷地内にある泣塔を見たのは初めてかも知れない。岩場の上にやぐら(岩穴の墓所)があって、その入り口に美しい宝篋印塔があった。
　これが泣塔。動かしてはいけない塔だ。
　宮前御霊神社の北東にある兜岩と同じ大きさくらいに見えた。あちらも平地に唐突に現れる岩の塊だ。
　泣塔を見ていて、亀の子山を思い出した。東京都の多摩川の畔にある古墳群のことだ。
　
　川の側には古墳が作られる。遠くから目立つ灯台のような役目をする。
　山頂には石を並べて、木や草は取り去られて、夜目にも月光に光る様にした目印だ。
　ここは洲崎古戦場跡碑のある山の端っこで、舌状台地を切り取って古墳にするような工事があったのだろうと思った。
　自然の岩を石室にして、誰かのお墓が作られたと想像してみた。
　それが、奈良の石舞台のように、堆積土が取り去られ、石室がむき出しになって、兜岩や泣塔のやぐらになったのだろうと妄想した。
　ここの東に館を構えた人が、富士山の景色の前に重なる泣塔の山を嫌って、土砂を取り去って低くしてしまったのではないかと、想像した。

　私が「屋敷跡」と勝手に呼ぶ市営住宅の周辺には山があって、その山が切り崩されて田んぼを埋める為に使われたのだそうだ。
　深沢の田んぼは海軍工廠に接収されて軍の工場になったのだ。
　泣塔は「御嶽ライン」の上にあって、旧日本軍は「御嶽ライン」に沿って軍の建物を作っていた、と想像される。どこか「神がかりな計画」だと思った。

　「実りの秋を迎える稲もろとも田んぼを埋め立てた。農家は辛い光景を記憶に残している。」と、配布された資料にあった。
　語り伝えるべき歴史とは、こういうことだと思う。

　泣塔のヤグラは真南を向いていた。ここから低く南に見える諏訪の星を見たのだろうと思った。
　地図に泣塔から南へ線を引いた。湘南モノレールの湘南深沢駅を通り、鎌倉市役所深沢行政センターを通った。公有地だ。
　ここに諏訪神社があって、その灯明が泣塔から見えただろうなあと想像した。
　諏訪の星が昇って見える170度の線と、沈んで見える190度の線を、泣塔から引いてみた。
　深沢クリーンセンターの敷地が山を削っていて、昇る諏訪星の視界を作り出している。
　ここは鎌倉の東西にある熊野神社の緯線が通過する場所だ。
　沈む方にはトンガリ山があって、21世紀にまで保存された山は、今ではちょっと形が崩れてしまっている。
　それでも地域の緑地として残された山は、泣塔からの視線を知っていたのだろうか。
　線に沿うように旧道があった。真っ直ぐに延びた道の先に赤い星が廻って来る事を、今も記憶しているようだ。

Evernote/GoogleMapにSkitchで作図　

　わずか２度にしか上がらない諏訪の星は、空に見える星とは違って見える。むしろそれは山の稜線を這い上る篝火だ。
　大きな火が山の尾根を移動して行く。諏訪星だと知らなければ、恐ろしい光景に見えただろうと思う。
　星であると知らなければ、恐ろしい集団が村を焼きに来るのかもしれないと、怯えただろう。

　諏訪の星は見ることができれば寿命が延びるという幸運の星だ。
　冬の夜にオリオン座とオオイヌ座のシリウスの下にある。
　そういう知識を持って、期待を込めて探す星だ。
　戦火の印だと見誤る事が無いように。幸運の星を覚えておく為に。

Evernote/GoogleMapストリートビューにSkitchで作図　

　深沢で星を見つめていた人達が作った古墳は、次の時代には壊されていた、と想像した。
　次の時代に、再び北辰信仰を持つ人達が入ってきて、泣塔の北に屋敷を構えた、そう妄想してみた。
　南に開かれた地形は南十字星も見えただろうと思う。それなら。
　葉室の星が南に来ると、全天がスサノオのいる世界になる。
　妻籠みに八重の垣根を作った場所が、深沢に重なるのだ。
　北は玉縄城。東は富士塚。南は鎌倉山。西は村岡城。
　山に取り巻かれている。ここはヤマトタケルの言う理想郷である。

　『ヤマトは国のまほろば　たたなづく青垣』　
　『山籠れる　ヤマトしうるはし』

　深沢は　たたなづく青垣。
　今ならば旧国鉄工場跡地から360度の美しい山々が見える。
　ここは奈良時代や平安時代の景観が昭和まで残っていた鎌倉である。
　鎌倉はここから始まり、ここ洲崎で終わる。
　山こもれる　深沢し　うるわし。

　