鎌倉、まぼろしの風景。233 

鎌倉、まぼろしの風景。


          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴

206.庚申様はすばる星(すばる星1)

207.六所神社のすばる星(すばる星2)

208.キリシタンと庚申様(すばる星3)

209.鎌倉キリシタンの伝承 1

210.東渓院の領地

211.大坂城の遺児
鎌倉キリシタンの伝承 2

212.手広村の大岡様
鎌倉キリシタンの伝承 3

213.田代寺安養院
鎌倉キリシタンの伝承 4

214.水戸光圀の鎌倉案内
鎌倉キリシタンの伝承 5

220.徳蔵山東渓院と梅田川の北斗
鎌倉キリシタンの伝承 6


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)
*** ***

   

233.猪鹿狼寺の秘密

         ★

「織姫星と鎌倉」が7月25日に出版予定となりました。

一昨年の「星月夜の鎌倉と塔の辻」の続きです。このホームページに書いた事を順序立てて再構成しました。新しい話題もあります。読んでいただけたら幸いです。鎌倉の銀の鈴社ギャラリーで見ることが出来ると思います。多分、、。

         ★

 大分県竹田市に猪鹿狼寺(いからじ)がある。
ここに源頼朝の縁があった。
頼朝が「富士の巻狩」を実施する前に、阿蘇の宮司家に狩礼の式を尋問したそうだ。
 梶原景季が古式を学び、久住山麓で狩を試したのだそうだ。文治2年の9月のこと。

 ところが山麓は神域で狩りは許されなかった。でも頼朝の力を恐れて、誰もそれを言い出せない。
それで翌年、狩った猪と鹿と、傷ついた猟犬を弔ったのだそうだ。神域を犯した事を詫びたのだ。
だから猪鹿狼寺という。 大和山滋尊院を拡大整備して久住山猪鹿狼寺と名付けた。
いのしし、かのししと、大神だ。珍しい名前だと思う。

妄想だけど「いかるが」と「いからじ」は似ている。
「いかる・が」と「いかる・寺」に聞こえる。
ウとイが重なるウイは言いにくいけれどアとイなら、アイは言いやすい。
「いかるじ」が「いからじ」に変わったのではないかと想像してしまう。
「イカル」とは何かと言うと、日本中に普通に住んでいる鳥の名だ。
桜文鳥に似ている。きれいな声でさえずる鳥だ。
「月日星」と鳴く様に聞こえるので三光鳥ともいうそうだ。
サンコウチョウという尾の長い鳥が別にいて、こちらは「月日星、ほいほい」と鳴く。
どちらも鎌倉や葉山の山中で聞くことができる。素晴らしい事だと思う。
「月日、ほしー」ときれいに鳴くイカルは、星を見る陰陽師や修験道の行者に好まれたかもしれない。

 さて、源頼朝の富士の巻狩と聞いて、さっそく大分県竹田市の地図を広げた。
富士の巻狩というと、狩だと思うけれど、実はあれは星祭りを兼ねていたのだという事が、わかったからだ。
山形県鶴岡市に伝わる黒川能を知って、見つけた事だ。
黒川→富士山麓→猪鹿狼寺
と、順番に語らなければならない。
「黒川→富士山麓」については「織姫星と鎌倉」に書いたので重複するけれども、簡単に説明すると。

 黒川の春日神社の「王祇祭(おうぎさい)」は2月の旧正月に行われる。
鳥海山と月山を謡う大地踏は夕方から始まる。子供が踊るのだ。
「日没の時」に鳥海山の上に北斗七星が立つ。でもそれは夕日の光で見えない星景色だ。
翌日の明け方、「日の出の時」に月山の上に南斗六星が来る。それも黎明の光で見えない星景色になる。
その両方の、見えない景色が見えるのが、黒川という地点だったのだ。

その同じ景色を見ることができる場所が、富士山麓だった。
鳥海山の代わりに富士山を置いて、月山の代わりに伊豆半島の天城山を置くと、黒川は曽我寺になるのだった。
曽我兄弟が仇討ちをして死んだ場所、つまり富士の巻狩の現場だったのだ。
「日没の時」に天城山に南斗六星が来て、「日の出の時」に富士山の上に北斗七星が立つ。
それが8月の富士宮市だ。
その場所に頼朝が立っていた。それは伊豆から来た陰陽師が設定したイベントだったと思ったのだ。

 富士の巻狩は建久4年(1193)の5月8日から6月7日に行われた。
前年の建久3年(1192)に征夷大将軍に任じられた頼朝が企画した、大軍事演習だった。
これは6月から7月にあたるから夏至に実施したのだ。
日没の2時間後、つまり天文薄明が終わって空に星がきれいに輝く頃に、天城山の上に南斗六星を見たのだ。
昇る南斗六星が伊豆半島最高峰に輝いていた。
黒川の祇王祭のように、見えない星景色ではなく、参加者全員が眺めることが出来た星景色だったのだ。
北斗は死を、南斗は生を司るから、 それは頼朝や北条一門にとってはめでたい景色であったと思われる。

 ところがそれ以前に、準備企画として、久住山麓の狩があったなんて。
頼朝はその前年に文治の勅令を得た。諸国の守護地頭を頼朝が任命するようになった。
すごい権力だ。この1185年をもって鎌倉幕府の成立とする。
最近は1192イイクニではなく、1185イイハコ作ろう鎌倉幕府なのだ。

 文治2年(1186)の9月。この年は閏七月があったから、9月と言えば10月のことだ。
日の出の4時間前に北斗七星が北北東の山に立っている。その山を竹田市の地図から探すのだ。
黒川が猪鹿狼寺なら、鳥海山は由布岳1,240m、ここに北斗七星が立つ。
月山は傾山1,602mだった。ここに南斗六星があっただろう。
山形県と静岡県、大分県の北緯の違いを無視しているけれど、きっと同じ景観があっただろうと想像してみた。

 源頼朝が実権を握って、翌年の夏に、梶原景季が阿蘇の宮司家に狩礼の式を習いに来た。 頼朝の代理の梶原景季が、久住山麓で狩をする。
それはもしかして、武家の重要な儀式になっていったのかもしれない。
たとえば宮中の即位の儀式のような、武家にとっての大きな行事になったのだろう。
そして征夷大将軍に任じられた翌年の夏に、その儀式をした。
それが富士の巻狩りであったと、想像してみた。

 阿蘇の宮司家は何を知っていたのだろう。
やはり将門の乱に関係したハチという青年に関係するのだろうか。
足利将軍とか、徳川家康は、この儀式を意識しただろうと思う。
彼等はどこで、この行事を行ったのだろうか。
権力を得てはじめての夏に、18度の位置と140度の位置に山が見える場所で。
彼等は狩をやっていたと思うのだ。それは将軍になった証の狩りであったはずだ。

ああっ!
徳川家康のお狩場と言えば、横浜市戸塚区、栄区、鎌倉市岩瀬、大船、藤沢市に至る一帯だ!
灯台下暗し。ここでしょう。私のホームグラウンドだ。

 離れ山の地蔵山に登ってみれば、青木神社が鳥海山だ。
月山はJR横須賀線の先の鶴岡八幡宮になる。そこに南斗六星が渡って来る。
なぜ地蔵山に登るのかを語り出すと、もっともっと長くなるから、
ここでおしまい。
 離れ山に家康が立っていて、柏尾川の水鳥を眺めながら、
今日は鴨汁だなあと笑っている姿を想像してみた。

Google Map
猪鹿狼寺から北斗の立つ由布岳を見る。
 

 リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」地湧社  60ページで600円です。鎌倉市内の書店、ギャラリーやカフェでご覧ください。メールしていただければ郵送いたします。
*アニール・大船ルミネ内(大船)

      


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  ***亀子***
( 9 Jul. 2014)

     

   
十字形手水鉢(神奈川県藤沢市)

:::::目次:::::

:::Top最新のページ:::

・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
(ランドデザイン)

・・・地上の星座
天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::

6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::
:::206.庚申様はすばる星(すばる星1):::
:::207.六所神社のすばる星(すばる星2):::
215.権五郎神社と彦星
216.扇湖山荘と星
217.その八重垣をギャラクシーという
218.逗子市沼間の地上の北斗
219.星宿橋と梅田川の北斗
220.徳蔵山東渓院と梅田川の北斗
221.東慶寺の景観とすばる星
222.大船の南斗六星と星ガ谷
223.長岡京の彦星線

224.二宮町の出雲八重垣
225.六人の勇士 池子の蛇退治1

226.石楯尾神社の星

227.阿蘇内牧温泉の星
228.阿蘇神社と鶴岡八幡宮
229.カガセオの星
230.摩多羅神の居る鎌倉
231.深沢の星景色
232.鎌倉の熊野神社
233.猪鹿狼寺の秘密
234.池子王の戦い 池子の蛇退治2


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