鎌倉、まぼろしの風景。224

　　神奈川県二宮町はJR東海道線の下りに乗って、大船駅から６つ目。藤沢、辻堂、茅ヶ崎、平塚、大磯、二宮。
湘南の海岸線を東海道線は走る。JR小田原駅から上りに乗れば鴨宮、国府津、二宮だ。
このJR二宮駅前に大きな岡が見える。吾妻山である。
山頂には吾妻神社と浅間神社、吾妻山公園がある。吾妻とはもちろん、ヤマトタケルの妻、弟橘媛のことだ。
彼女の飾り櫛が流れ着いたので吾妻山に埋め、袖が流れ着いたのを埋めた場所がうめざわ（梅沢）だという。

その吾妻山山頂の吾妻神社に「八重垣の定規」を乗せてみた。八重垣の定規とは、星がどの向きに見えるのかを、透明な下敷きに線を引いて作ったものだ。
天の川が、ほぼぐるりと地平線を覆う「八重垣状態」の時に、北斗七星は北にあって、ヒシャクの水を大地に撒く姿になっている。
真南には低く南十字星が見える。
この時、織姫星は53度の方角に低くあって、彦星はあと１時間１２分後に82度の位置から昇ってくる。
赤い星さそり座のアンタレスは127度の方角に、これも低く上がっている。
星々がこの方角に来た時に、天の川は地平線を這う様にとりまく。
これを出雲八重垣と呼びたい。四方八方に入道雲が湧き上っている様に、天の川が取り巻いている。わずか北西の一部を除いて。

iPadとiPhoneのアプリで見れば、それは333年の12月の23日5:00。
星空は数百年では変わらないけれど、千年経てば変わって見える。
南十字星が見えるのも、これから500年代の辺りが最後になる。
今では見られない星空を、二宮町の吾妻山に立って眺めてみる。

吾妻山に立って、出雲八重垣状態の銀河を見る。その時。
北の空に、大山と丹沢山をすくい取ろうとする北斗七星のヒシャクがある。
北東53度の織姫星の真下に、相模一宮の寒川神社の灯が見える。
真南の水平線に利島の宮塚山と新島の宮塚山がある。その上に南十字星が立っている。
この１時間後に、東の地平線から昇ってくる彦星の下には鎌倉がある。
現在は鶴岡八幡宮になっている大臣山がある。その先は金沢八景駅。
ずっと先は、東京湾を渡って外房の上総一ノ宮。玉前神社に着く。それが彦星の82度の線。
吾妻山から見えない景色のその先を、昇ってくる彦星は指し示す。

これが冬至の朝の景色なら、同じ景色が夏至の夕べに見られる。
夏越の祭り。茅の輪をくぐるおまじないは、どうしても円環になった天の川銀河を思い出させる。

ヤマトタケルは「我妻よ」と声をかけて、相模の国を去った。北西の道を都に向う。
たとえば、甲府盆地に立てば、ぐるりと山塊に囲まれて、北西に北杜市への道が通う。
北斗市もまた山の狭間で、やはり北西に諏訪に向う道がある。
諏訪にも北西に、松本に向う峠があった。
天の川銀河が地平線を取り巻く時、北西は空いている。シリウスからカシオペアまでの銀河は薄い。
そもそも出雲の国は山脈に取り囲まれていて、西の海辺にも砂丘がある。そして北西は韓国へと繋がる。

星空と同じく、山々に取り巻かれた出雲八重垣の地を探して、住み着く人々が居たと想像してみよう。
揺るぎない天体の動きの様に、空を映している大地を選び取るならば、
理不尽な飢えや事故に遭わず、星の様に変わらずに、不変の時を過ごせると思っただろうか。

そんな風景は千年経つと消え、二千年経つと人々も忘れてしまう。
ただ伝承だけが残る。
「天帝の娘の織姫。」「機織りを放棄させた彦星。」
出雲の、「稲佐の浜に逆しまに立てた十拳の剣。」
南中した南十字星は剣の様に立つ。それを見るのなら、稲佐の浜はベストポイントだ。

もう再現できない風景ではあるけれど、iPadのなかには失われた星空が輝く。
鎌倉にもプラネタリウムができないかなあと、思う。　
　

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