+キリシタンと江戸文化+ +
171.マリアの影を石に刻む(3) 老眼に優しいiPadがやってきた。文字を大きくすると写真も大きくなる。なので、写真の画質を3倍に上げました。さらに今回の写真は12枚あります。重いです。
+ + + 19世紀から20世紀初頭にかけて、たくさん作られた石碑の一つに、「自然石の文字碑」というスタイルがある。 自然石というのは、その形が様々で、三角や四角、菱形や不定形と、決まっていないからで、切出したままの自然な石の形というわけではない。 石工さんは美しいバランスを持った形を自然に現れた形のように彫り出している。
若宮大路の二の鳥居近辺 鎌倉市 庚申塔の様に三猿がいるわけでもなく、如意輪観音のように思わせぶりな表情があるわけでもない。猿田彦大神とか、国之御中主尊とか、神名が彫られているだけなので、特に語られることも少ない。御嶽大神と彫られたもののいくつかは割られていたりする。市の重要文化財にもなりにくい地味な存在だ。 でも、眺めていくと、その形には典型的なパターンがあることに気づく。短剣の様な鋭いひし形か、あるいは先が丸くなったひし形が目立つのだ。
権五郎神社境内 鎌倉市 下の写真はごく最近に建てられた神明神社の石碑である。 現代の石工さんは過去の自然石文字碑をよく研究していて、その典型的な姿を作り上げている。
台の神明神社 鎌倉市 「切支丹灯籠の研究」 松田重雄 著 という名著がある。織部灯籠と呼ばれるキリシタン灯籠について、詳しく語られている本だ。その中の一部を引用してみる。この自然石タイプの石碑について、言及している部分だと思われる。 この自然石の全体的な姿は、ベールをかむった聖母の御姿である。、、、略、、、無原罪の聖母像石ではないかと発見された渋谷夫人の慧眼には全く敬服の外はない。この様な形をした聖母石像は名古屋市の神明社にも残っている。 この本に書かれた自然石は「三角形」の石だそうだ。では、ここに掲載した、先端が丸くなっているひし形の石碑についてはどうだろう。 無原罪の聖母像とは、カトリック教会や幼稚園でもよく見られる典型的なマリア像だ。マリアの表情に目がいってしまうけれど、今回はその外形に注目したい。
無原罪の聖母 石膏像 足下は狭く、両手を広げた中間が幅広くなっている。頭の先は丸くなっていて、ひし形だ。
背面はゆるやかに膨らんでいる。前面は抱え込む様にへこんでいる。その形を再現しているのが自然石の文字碑だ、としてみよう。無原罪の聖母像のイメージを重ねながら、次の写真を眺めてみたい。
御嶽神社境内 鎌倉市坂の下の御嶽神社にある石碑。左右の手の部分は建立された後に割られている様だ。この石碑の、頭の部分が何とも美しい。前面にごく薄い線描で 摩利支天が描かれている。イノシシに乗った三面六臂の武人の姿だ。大正三年の石碑である。
巽神社境内 鎌倉市扇ガ谷にある巽神社の猿田彦大神の碑。弘化二年(1845年)と彫られている。
小動(こゆるぎ)神社境内 鎌倉市腰越の小動神社に集められた石碑群。右端に小さいマリア像が立っている、様に見える。水神社と彫られていた。
山の内 八雲神社境内 「起立講」と書かれた台座に立っている石碑だ。「たちあがる」とは、「ころんだ」(棄教した)人が、ふたたびキリシタンに戻ることを言う。この取り合わせは偶然だろうか。
明月院の北 この写真は前回170.マリアの石碑(2)にも出した写真だ。中央に祀られている自然石碑には「青面金剛」と彫られている。これを横から眺めてみよう。
中央がへこんでいて、やはりマリア像のスタイルをしている、と思う。 ひし形の自然石文字碑は、あまり注目されずに道端に立っている。尖った剣形もあるし、三角錐の形もある。その中にまぎれて、マリアの姿が彷彿とされる、マリアの影を彫り出したものがある、と思う。心の目でその石を見る。と、江戸時代に同じ想いでこの石碑に対面した人達が、いたことを感じることができる。「ああ、そうだったのか」と、一瞬のタイムトリップができるのだ。 最後に、心に残る美しい文字碑の写真をご紹介したい。 鎌倉中央公園の近くの北側斜面に、たった一つぽつんと立っている石碑だ。だけどこの碑のために長い参道が残されていて、季節ごとに草刈りもされている。「かまくら子ども風土記」に子神社(ねのかみしゃ)跡地の馬頭観世音として紹介されている石碑だ。動物の墓地に建立された馬頭観音なのだそうだ。 自然石文字碑の多くは、後世に碑の一部が割られている、ようだ。この石碑はどこも欠けずに、作られたときの姿そのままに残っている。 馬頭観世音と彫られている石碑の裏側に「愛馬黒鹿毛 明治拾五年九月飼養 丗五年一月九日死」とあった。20年生きた愛馬の墓碑である。 明治35年(1902年)の石碑だ。 たとえば、舞台の上にオペラ歌手が登場して、長いベールを頭から被っていて、その両手を大きく広げている。そんな艶やかな姿を想像してしまう。美しい石碑である。 鎌倉の山路や露地に残る石碑は、市井の人達の想いのたけがこめられている。石に彫って残そうとしたその想いは、今になっても受け取ることができる。文化財とはそういう素晴らしいものなのだと、思う。
追記: カトリックの無原罪の聖母の祝日は12月8日だ。この日はカレンダーに「針供養」と書かれることが多い。女達の祭りである。毎日使った針の折れてしまったものをまとめて、一年に一度、お寺に納めて供養する日だ。その日はマリアの祝日も兼ねていたのかもしれない。「針供養」という文字を書く時には、ローマ十字の形を目立たせて書いたのかもしれない、とも思う。 江戸の文化はキリシタンの文化に限りなく近寄っていて、共存できるように工夫されている、それが江戸時代の庶民の文化だと、私は思っている。
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***亀子***(22 Jun. 2010-6 Mar.2012)
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柏原 一心坊
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:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::
▲3.霊仙山20Apr:::
:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::
▲6.道の意匠:::
:::7.修験道の現在形:::
:::8.鎌倉の白い岩:::
:::9.セキサンガヤツ:::
★10.若宮大路のカレンダー:::
▲11.神奈川県の鷹取山:::
▲12.鎌倉の正三角形:::
:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::
:::15.夜光る山:::
:::16.下りてくる旅人:::
:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::
:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::
▲21.熊野神社の謎:::
▲22.熊野神社+しし石:::
▲23.北鎌倉の地上の昴:::
★24.ふるさとの北斗七星:::
★25.労働条件と破軍星:::
★26.北条屋敷跡の南斗六星:::
:::27.星と鎌と騎馬民 :::
★28.江の島から見る北斗と昴 :::
★29.由比ケ浜から見る冬の星 :::
:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::
▲31.御嶽神社の謎:::
★32.塔の辻の伝説(1) :::
★33.昇竜の都市鎌倉(2):::
★34.改竄された星の地図(3):::
★35.すばる遠望(小休)(4):::
▲36.長谷観音レイライン:::
★37.星座早見盤と金沢文庫:::
▲38.鎌倉の墓所と鎮魂:::
▲39.ふるさとは出雲:::
▲40.義経の弔い:::
▲41.「塔の辻」の続き:::
▲42.子の神社:::
:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::
:::48.ふたつあることについて:::
:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::
:::50.たたり石:::
:::51.鎌倉の十三塚:::
★52.陰陽師のお仕事:::
▲53.坂東平氏の大三角形と星:::
▲54.大船でみつけた平将門:::
▲55.神津島と真鶴:::
▲56.鷹取山のタカ (八王子市と鎌倉市):::
▲57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
▲58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::
:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::
▲60.重なり合う四神:::
:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::
:::63.吾妻社:::
▲64.約束の地(小休):::
★65.若宮大路の傾き(星の都1):::
★66.國常立尊(星の都2):::
★67.台の天文台(星の都3):::
▲68.鎌倉の摩多羅神:::
★69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
★70.鎌倉と姫路(星の道2):::
★71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::
★72.環状列石のしくみ (五芒星1)::: ★73.環状列石の使い方 (五芒星2)::: ★74.関谷の縄文とスバル (五芒星3):::
▲75.十二所神社のウサギ:::
:::76.針摺橋:::
▲77.平安時代のジオラマ:::
▲78.獅子巌の四神 (藤原氏の鎌倉):::
▲79.亀石によせる:::
▲80.山頂の古墳:::
:::81.長尾道路の碑 (横浜市戸塚区):::
★82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
★83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
★84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
★85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
★86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::
:::87.実方塚の謎(1) 鎌倉郡小坂郷上倉田村:::
:::88.戸塚町の謎(2) 鎌倉郡小坂郷戸塚町:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4) 栃木県宇都宮市雀宮町:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5) 茨城県古河市:::
:::92.北鎌倉の悲劇:::
▲:::93.こぶた山と奈良東大寺:::
:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::
▲96.海軍さん通りの夕日:::
▲★97.今泉不動の謎:::
▲98.野七里:::
▲99.染谷時忠の屋敷跡:::
★100.三ツ星とは何か (またはアキラについて):::
:::48.ふたつあることについて:::
▲101.亀の子山と磐座、火山島:::
★102.秦河勝の鎌倉:::
▲103.由比若宮(元八幡):::
▲104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
▲105.北鎌倉 台の光通信:::
★106.鎌倉の占星台:::
★107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
▲150.鎌倉 五芒星都市::: ▲158.第六天社と安部清明碑::: ▲159.桜山の朱雀(逗子市)::: ★160.双子の二子山と寒川神社::: :::161.ゴエモンの木::: :::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉::: :::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発)::: ★167.地上の銀河と星の王1(平塚市)::: ★
168.地上に降りた星の王2 (鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)::: ★
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る)::: :::
175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説)::: ★
176.おんめさまとカガセオ::: ★
177.南西214度の縄文風景 2 (大湯環状列石とカナイライン):::
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178.御霊神社と鎌倉 (南西214度の縄文風景3):::
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179.源頼朝の段葛とカガセオ (南西214度の縄文風景4):::
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184.鎌倉の小倉百人一首:::
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185.鎌倉の小倉百人一首 2:::
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