徳川光圀の書いた紀行文「鎌倉日記」を読んだ。
1674年５月２日、上総の港の旅寓を出て、鎌倉を
歴覧せんとて金沢の浦へ渡る。と始まる簡潔な文
体は、横浜市金沢区にある称名寺を紹介している。
当時は文庫にあった多くの書物は四散していて、
称名寺境内にあった金沢文庫の建物の位置さえ解
らなくなっていたらしい。

　その称名寺には浄土式庭園があり、中央の阿字
ヶ池の中島に立つと、この庭の意匠がわかる。
正面に北極星があるだろう。右の稲荷山53.7mの
山頂から北斗七星が昇り、左の金沢山72.3m山頂
にしずむ。金沢山の左端は、岡が水平に西に伸び
ていて、北斗の端の星、破軍に至るまで、星がひ
とつづつ沈んでいくのを楽しむ事が出来る。

　東の日向山38.5m山頂からは、夏至の太陽が昇
り、真東の谷からは春分秋分の日の出が見える。
　この場所で、北条のいう浄土とは何か、感じる
事が出来るだろう。それは太陽、天体の巡りとと
もにある生活、季節に従って生きる、山と流れに
恵まれた、その景色を文字どおり「心の糧」にし
て暮らす事の出来る場所、そういう浄土だ。門の
外の世界がどうであろうと、ここは清らかだった
のだ。

　この庭園を造る測量技術、山頂の位置を自在に
動かす土木技術、それが平安から鎌倉時代には、
都市作りの基本としてあたりまえにあったのだ。
そう思った。これは多分巨石文化の頃から、神を
祭る人たちが身につけて伝えて来た文化なのだろ
う。
　星の配置まで庭の一部にいれる配慮は、秘密の
技術として専門家に伝えられていたのだ。

　８月９日から９月３０日（２００７年）までの
企画展「陰陽道×密教」は、そういう技術の一端
を見せてくれた。
　宗教的なダキニ天のまじないや呪術作法のメモ
書きにまじって、式盤という紙に書いた天球儀が
あった。
　平面アストロラーベだ。
　 参考：改竄された星の地図

　星が張り付いた天球の、外側から地上を覗く構
造は、星座の形が裏返しになる。GPSや測量に使う
場合は、その方がわかり易いのだろうけれど、星
座の位置を探すのには不都合だ。その欠点を見事
に克服している。図を描かずに、星座の名前を漢
字一字で書く事で、混乱無く星の位置を表わして
いるのだ。
　天頂の位置を示す円が、さりげなく中央に描い
てあった。

　本来この円は、中心から決まった距離の所に描
かれていたのだろう。だけど「都表如意輪曼荼羅」
と呼ばれて、天頂を表す円が単なるデザインと解
釈されて、実用に向かない儀式のアイテムになっ
ているのもあった。それでも「六壬式占の式盤」
では、「軫」と「翼」の間の秋分点から天頂を通
って「昴」まで、150°という角度が求められる。
この式盤を使えば、鎌倉に在った塔の辻の仕掛け
で、荏柄天神をすばるの位置に置く事が出来る。
そう、遣唐使船が日本に戻って以来、陰陽師たち
は平面アストロラーベを、星座早見盤を、持って
いたのだった。

　それにしても、元禄６年(1693)に称名寺と改名
した鎌倉の今泉不動と金沢の称名寺が、東西にあ
るのはなぜだろう。その距離を北に伸ばして正三
角形を作ると、天禄３年(972) 建立と言う笹下の
東福寺がある。親鸞が３ヶ月逗留し、聖徳太子像
をこの寺にさずけたという。　
　その称名寺ー称名寺ラインを西に約半分延長す
ると、成福寺がある。北条泰時の子泰次が開基で、
親鸞から贈られた「聖徳太子木像」を安置してい
る。
　さらに半分弱、延長すると長福寺がある。藤沢
市の村岡城趾にある寺だ。1616年に開祖が亡くな
ったとしか、調べられなかったが。　
ふしぎだ。鎌倉は横浜市にも藤沢市にも広がって
不思議がつきない。

     
　
　 ＊＊＊亀子＊＊＊（25 Aug.2007-30May2012)