鎌倉、まぼろしの風景。143 

鎌倉、まぼろしの風景。


          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)

   
キリシタンと江戸文化

143.曾根崎心中の道行き

 カトリック教会の聖堂の壁にはキリストの生涯を描いた絵が掲げてある。それは晩年の数日間を描いたもので、14の場面に分けて描かれてある。キリストが死刑を宣告されてから十字架につけられて死を迎え、墓に入れられるまでの絵だ。この絵の前で祈る事で、聖地巡礼の代わりになる、というよりも、キリストの受難を自分に引き受けて追体験しようとする祈りなのだと思う。身に覚えのない罪を引き受けて死に向かう、刑場への道のりの14場面を十字架の道行きと言うのだそうだ。

 死んだ場所へ行ってそれから墓をお参りする。それが聖地巡礼なのだ。聖ヤコブの墓にお参りするのが、スペインの有名なサンチャゴ巡礼の道で、聖ペテロや聖パウロの殉教地へ行くのがローマ巡礼なのだそうだ。
 だから日本でたくさんのキリシタンが殉教した時に、その地を記念してそれぞれの場所に人々が巡礼に向かったとしても不思議ではないのだ。キリシタンの巡礼地に向かうとは言えないので、別の目的を隠れ蓑にして、江戸時代の人々は旅に出たのだろうと想像してみた。

 日本の仏教では、観音霊場三十三所をめぐるという記録が13世紀ごろにあるのだそうだ。こちらは目的地へ行く巡礼ではなく、観音霊場をめぐる巡礼だ。
 西国三十三箇所の巡礼という行事が関西で成功して関東に坂東三十三箇所ができ、もっと小さなコースが求められて秩父三十四箇所など、各地に巡礼の札所ができた。庶民に巡礼が流行したのが江戸時代中期から末期だそうだ。
 その頃に鎌倉にも鎌倉郡三十三所の札所ができて、一番の杉本寺から三十三番の円覚寺仏日庵まで、天台宗や浄土宗、時宗、臨済宗、真言宗、真言律宗と様々なお寺の観音様が巡礼さんを迎えていたのだ。

 近松門左衛門の書いた人形浄瑠璃の曾根崎心中は大阪三十三観音霊場の巡礼の話題から始まっている。
 大阪梅田の曽根崎にある露天神の森で、醤油屋の徳兵衛(25歳)が遊女のはつ(21歳)と心中した事件をドラマ化したのだ。その時すでに同じ事件を扱った歌舞伎や小説が先行して世に出ていたのだそうだ。それでも近松の曾根崎心中は大絶賛で人々に迎えられた。
 どこが人気だったのか、それが知りたくて岩波文庫の「曾根崎心中・冥土の飛脚」を読んでみた。文楽の舞台を見る事ができたら、もっと良かったのだけれど。

 醤油屋の手代の徳兵衛は騙されて偽の証文をつかまされる。それがバレて路上で暴行を受け、死んで身の潔白を晴らそうと思い立つ。恋人の初は徳兵衛の気持ちを尊重してなのか、自分も一緒に死ぬと心中に誘う。そこからが有名な「道行き」だ。

 「今宵死するは我のみとこそ思いしに。先立つ人も有りしよな。」
参照:曾根崎心中・冥土の飛脚 他五編 岩波文庫

 この年、1703年(元禄16)のイースター(復活祭)は4月8日。だからキリストが絶命したのは4月6日、聖金曜日というのだそうだ。二人の心中の前の日になる。もっとも聖金曜日は太陽暦の4月6日で、二人が心中したのは太陰暦の4月7日だから実際は1月程のずれがあるのだけれど。
 それでも「先に死んだ人がいる」とは、なんというセリフだろう。

 いよいよ死のうという時に徳兵衛は、あの世で死んだ両親に会えると言う。初は、両親に先立つ不孝を悲しむ。二人は対照的なのだ。
 徳兵衛は松の木の下で息絶えていた。初はシュロの木の下で死んでいた。松は松平、徳川の支配を表すとしよう。シュロはキリスト教の受難の印だ。シュロ(本当はナツメヤシ)の葉を持つ人は死に対する勝利者、つまり殉教者を表すのだそうだ。
 徳兵衛は偽の証文を扱って死に追い込まれる。初はただ愛情の為に死んだのだ。

 「貴賎群集の回向の種 未来成仏疑ひなき 恋の。 手本となりにけり」
 近松の文章は二人に優しい。そんなに褒めてしまったから心中が流行して、実際に死んだ恋人達がたくさん出たのだそうだ。
 近松は心中を本気で「手本」だなどと言ったのだろうか。

 お初は三十三観音霊場の巡礼をして徳兵衛との恋の成就を願った。その願いは心中という形でかなったのだ。大阪三十三観音霊場は霊験あらたかであるという、そういうアピールが曾根崎心中という演目に入っていて、最後に自殺を褒め讃える。それはどう見てもキリスト教ではない。そういう安全策をとりながら、近松は恋の道行きに十字架の道行きを重ねたのだと思う。

 台本には書いていないけれど、道行きの途中で、キリストの様に3度転ぶという演出があったのではないか。お初がよろけた徳兵衛を支える、そんな場面を3度作ったのではないか。
 途中でキリストが血まみれの顔を拭った様に、涙で濡れた顔を手ぬぐいで拭くという、そういう場面があったのではないか。私は舞台を見た事がないのでわからないのだけれど。そして当時の演出と今のが、違っているのか同じなのかも知らないのだけれど。

 満席の劇場で、御禁制のキリスト教の最も重要な場面の一端を、お初徳兵衛に仮託して再現してみせた。それを見た大阪の人達はキリシタン弾圧の息苦しさを吹き飛ばして、近松に喝采を浴びせた。それが曾根崎心中の大成功、であったのではないか。
 二人の心中は歌舞伎や小説で、すでに語られていた。だけど後世にまで残った名作は近松の曾根崎心中だ。それは彼の書いた文章が美しかったからで、彼の語り口が二人に寄り添っていたからだけれど、その当時の施政者に対する鋭い批判が込められていた。キリシタンだという言いがかりをつけて人々を殺す、そういう政策に反対だと、みんなで声をあげる事が出来たのだ。
 一途な恋が心中で終わった事を褒めたのではない。だから人々は曾根崎心中を称賛したのだ。そう思う。
 そう思わなければ、危険を承知で上演した当時の人達の気持ちに添うことが出来ないだろう。作り手も受け取る側も、たくましくしたたかな、当時の人達の知性を理解したいと思った。
参照:120.近松門左衛門の1719年


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  ***亀子***( 16 Jul. 2009-10 Mar.2012)

     

   
十文字の影がある庚申塔 横須賀市

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・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
(ランドデザイン)

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天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::

6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::


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