鎌倉、まぼろしの風景。158 

鎌倉、まぼろしの風景。


          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)

   

158.第六天社と安部清明碑

 鎌倉市山ノ内上町にある第六天社は建長寺の四方を守る神社だそうだ。ここに鎌倉市教育委員会の建てた説明板があって、それは読む人を鎌倉の謎に誘い込む。初めてこの説明を読んだ時に、これは鎌倉市教育委員会が仕掛けたなぞなぞかと思った。だからいつかはこの謎に挑戦しようと思っていた。謎はいつも魅力的だ。

「建長寺の四方鎮守には、中央五大尊と八幡(東)、熊野(北)、子神(西)、第六天(南)があり第六天は上町に鎮座する。」
参照引用:安倍晴明陰陽師ツアーいざ!鎌倉1

 1万分の1地形図「鎌倉」国土地理院 を開いて、第六天社をマークする。
 ほら、第六天は建長寺の南ではない。真西にある。始めっから疑問だらけだ。

 八幡宮と言ったら鶴岡八幡宮だろう。熊野神社は大船にあって、子之神社(ねのじんじゃ)なら今泉だ。線を引くまでもない。ばらばらな方位で距離も違う。陰陽師はこんな仕事をしない。精密な測量をするのだ。それが彼らの仕事なのだから、精緻を極めた仕事をする。
 そこで仮説を立ててみる。「第六天社がにある」というキーで謎を開くとどうなるだろう。
 西がだとすると、南は、東は、北は西。90度づつずれていると仮定しよう。

 (本当は南)に鶴岡八幡宮の三ノ鳥居がある。建長寺仏殿から8.5cmの所だった。同じ8.5cmを建長寺から東に引く。地形図が「逗子」に変わって、鎌倉市二階堂にある覚園寺境内の愛染堂に当る。ここが、かつては熊野神社があった所だろうか。
 同じく建長寺の北は六国見山の隣り、稚児塚の麓になった。ここが西。子之神社があったとしても不思議ではない。子とは北を表す方位だ。ここから見れば、稚児塚の山のてっぺんに北斗七星が沈んでいっただろう。

 これが建長寺を守っていた四神なのだろうか。これが答えだろうか。
 そうではない。第六天だけが8.5cmの位置にいない。この仮説は間違いだ。

 始めからやり直そう。
四方鎮守は陰陽師が仕掛けた呪術だ。第六天社には安部清明と書いた石碑が建っている。安倍晴明は平安時代の陰陽師だ。その時代の仕掛けだとしたら、建長寺はまだ出来ていない。建長寺の場所が伽羅陀山心平寺だったのはいつからだろう。
とにかく、第六天は建長寺の四方鎮守ではない、としよう。

 建長寺の場所が南の四方鎮守なのだ。「南に第六天がある」というのは、平安時代の大きな邸宅の南に、後に建長寺の境内になる第六天が据えられた。ということだ。

 建長寺の三門の前にはかつて鎌倉五名水と言われた金龍水が流れていたそうだ。それはそこに寺院か神社か邸宅があったという事なのだろう。そういう古い伝承を第六天社が引き受けて在り続けている、様な気がする。

 さて、建長寺の北には横浜市栄区のJR本郷台駅前広場がある。このHPで何度も出て来ている秦氏の寺、光明寺跡地だ。
参照:さかえの歴史 5
参照:102.秦河勝の鎌倉

 ここが古墳時代から奈良、平安時代と続く「鎌倉」の中心だとしよう。
 その四方鎮守を安部清明が仕掛けた。
は山ノ内上町第六天社
は横浜市磯子区の峰白山神社
は横浜市営地下鉄舞岡駅の北側
西は横浜市戸塚区の小雀浄水場だ。
 浄水場の前には桜の老木があって、その下に長尾道路之碑が立つ。土地の古老が言葉を選んで、絞るように石碑に刻んだ歴史が今もある。長尾とはここなのだという声だ。破壊し尽くされてもまだ山城の姿が見える浄水場を眼前にして、碑は建っている。

 これが私の考えた第六天社の姿だ。鎌倉幕府ができる前に仕掛けられた四方鎮守だ。
鎌倉の支配者が変わって捨てられた仕掛けは、住民の人達の手で守られてきた。今まで守って来たものをそう簡単に捨てる事など出来ない。たとえ頼朝さんや家康さんでも、人々が集まる場所を壊したりは出来ないのだ。
 民主主義や選挙の無い時代に神社があって、祭礼の為に嫌でも人々は集められる。そこで祭のための準備が何日もかけて行なわれる。時にはお茶を飲み、酒が出て、煮物が出されたこともあっただろう。そういう長い時間をいっしょに過ごす地域の人達は、日々の苦労やぐちの吐ける場所、噂話、暴露話、情報交換の場所に魅力を感じただろうと思う。
 嫌いな人とも作業をしなければならない。たくさんの人に囲まれて、まあまあ、と諭されながら、案外良い方向に争いごとが解決されたかもしれない。 祭礼準備をして、祭りを迎えて、その後からはすべて丸く収まった、なんていう「奇跡」が起こっただろうと思う。
 今からみれば「昔の人は信心深い」、あるいは「迷信に惑わされる」ようなイメージがあるかもしれない。宗教で括ってしまうと分かり易い。でもそれは議会であり裁判であり、弁護士の相談事務所であったりしたのだろう。結婚相手の相談、高齢者介護の援助、庄屋さんや名主さんに話す前の根回し。そういう大切な場があったのだろうと思う。
 地域の神社が大切にされたのは、単に「信心」ばかりではないと思うのだ。集会所としての神社がまずあって、その機能を大切に守るために、時代に合った神仏が招かれた。その時の支配者が嫌がらない神仏に合わせていく。以前の神様は摂社として神域に残してある。お稲荷様やお地蔵様に居ていただけたら、集会所は壊されずに済んだのだ、と思う。「このバチ当りめ!」的な物言いだけれど。

 大切にされた第六天社はやがて建長寺の守り神になった。でもその由来は、建長寺よりもずっと古いのだ。と、思う。
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  ***亀子***( 21 Nov. 2009 - 5Mar. 2012)

     

   
十文字の影がある庚申塔 横須賀市

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・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
(ランドデザイン)

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天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::

6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::


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