鎌倉、まぼろしの風景。215

　鎌倉は「星月夜の鎌倉」と歌われてきました。
　鎌倉の「くら」が、「暗い」という音に通じていて、暗い夜空を思い出させるのだそうです。
　月の出ていない暗い夜は、星々が輝く町だったのです。星尽夜(ほしづくよ)とも書いたのではないかと思います。
　「星月夜の鎌倉と塔の辻」という冊子では、鎌倉の町に塔を立てて、星図を鎌倉の地上に再現したのだと書きました。
　そんなことをするのは鎌倉時代に活躍した陰陽師の設計だと思うのです。
　空にある星図を、地上に敷く。
　それは実際に星を見なくなった陰陽師の仕業ではないかとおもうのです。

　その前の時代は、もっと直裁に星を祀ったでしょう。
　例えば役行者の伝説のある大阪府の箕面(みのお)市、は、星の下にある街です。
　役行者の伝説のある山から箕面市をながめると、北から南へ天の川が流れています。
　その真下を箕面川が流れ、天と地の川が並行に揃う。
　その時、天の川の最も濃い所に、箕(みの)と尾(お)という二つの星座が、真南の低い位置にかかっています。
　射手座と蠍座です。
　その星座の下に箕面市があるのです。
　それは七夕のゆうべでもあります。
　頭上には織姫星が輝いている、その瞬間でもあります。
参照：「箕面地名星宿由来説」

　刻々と動く空の星が、その時、どの方向に見えるのか。
　その時、その星の下に何があるのか。
　そしてその星々は「どこから」眺められていたのか。
　その時、とはいつか。

　「星を見る」そのために設計された道や場所があるのではないか。

　鎌倉でそんなことを考えて見ました。

★　★　★
　鎌倉市坂の下の、手拭カフェ一花屋(いちげや)さんの、すぐ北に、御霊神社(ごりょうじんじゃ)があります。
　権五郎神社(ごんごろうじんじゃ)とも呼ばれています。
　御霊神社は関東地方にいた平(たいら)一族の氏神様です。
　平将門(たいらのまさかど)のおじさんに当たる平良文が、お隣の藤沢市村岡に住んでいました。
　その平さん一族は柏尾川を渡って深沢に住み、深沢の御霊神社を作ります。
　彼らは大仏坂を越えて海辺まで出て、ここ坂ノ下や八幡宮のそばの大倉に住んでいました。
　源頼朝が鎌倉に来たので、大倉を明け渡したのだそうです。
　鎌倉は源氏の都と言われますが、武家を束ねたのが源氏の頼朝だったということで。
　彼を支えて実際に働いたのは伊豆や千葉、茨城にいた平さんの一族だったわけです。

　頼朝は謎の死を遂げます。幻覚に襲われて馬から落馬して、数日後に亡くなります。
　二代目になった長男は修善寺で暗殺されます。
　風呂場で首に紐をかけられて惨殺されるのです。
　三代目の次男は鎌倉の八幡宮で、まだ18歳だった甥に殺されます。
　大銀杏の陰から飛び出してきて、切りつけたと言われています。
　これで源氏は滅びてしまいます。
　その後百年に渡って鎌倉幕府を運営したのは北条氏。頼朝の妻、政子の一族でした。
　北条氏は伊豆の平氏の一族です。
　だから鎌倉は源氏の都とも言えますし、平氏の都とも言えると思います。
　源平合戦と言うのも、西の平氏を東の平氏が破ったと言えるでしょう。

　それで平氏の氏神である御霊神社が、あちこちにあるのです。
　平氏が坂の下に館を構える前には、御霊神社は無かったでしょう。
　でも、この「場所」はずっとあった。聖域として。
　そこには神様が、やはり祀られていたのだと思うのです。
　平氏がやって来て地元の神様を押しのけて、御霊神社ができる。
　でも地元の神様も一緒にお祭りするのです。それが日本の神社の特徴です。
　神様は喧嘩しないのですね。
　平氏は新しくできた御霊神社にお参りし、地元の人は同じ場所で以前と同じ神を拝むのです。

　ここ、坂の下の御霊神社のある場所は、どんな設計で作られたのか。
　星と道を見ながら、考えて見ました。

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　御霊神社に立って見ると、参道が星の井の通りに向かって伸びています。
　地図をみると、だいたい南東の方角にのびる直線道です。
　神社に向かう道というだけなら、東から入っても、南から入ってもいいはずです。
　この向きに道がある。これを偶然ではなく設計されたものだとすると、、、。
　この道は神社からの眺めを確保している道、になると思います。
　神様がこの道の向こうを見ている。
　あるいは、ここに集う人たちは、参道の先を眺めに来る。
　そういう直線道です。
　歩くためというよりも、神社に立って道の向こうを見るために作られた。

　参道の向こうには葉山町の三岡山(さんがおかやま)が見えます。
　その海岸に突き出た山頂の一つが、ここから海を超えて見えるのです。
　ピラミッド型の山は神奈備山(かんなびやま)とも言われますが、私は星を見るための地上のしるし、目盛りだと思っています。
　三角の山の頂上の上を、星が渡って行くのです。
　それは牽牛星。七夕の彦星です。

　この参道に沿った向こうの、ちょうど山頂の真上に、彦星が上がります。その時を見るために、人々は神社に集まったのでしょう。
　彦星は北東の方から昇ってきて、真南で一番高く上がります。
　その動きの中で、三岡山の山頂に昇る瞬間を見る。
　それはその時が特別な瞬間だからです。
　その瞬間とは。星を見ている人達の真上に、織姫星が来た時です。
　その時、御霊神社の真上に織姫星が輝くのです。
　それは縄文時代に北極星だった織姫星を記憶することです。
　鎌倉中の井戸の水面に、織姫星が映る瞬間でもあります。

　坂の下の御霊神社の参道は、143°の方角に設計されました。
　彦星を見るための道であると、私は思います。
　道の先に星が来た時、人々の頭上に織姫星が輝くのです。
　かつての北極星に照らされて、人々は思うでしょう。「北極星さえも変転とする、今の不遇も数年先には変わるかもしれない。」
　いえ、その頃はそんなことは思わなかったでしょう。
　「かつての大王は追い落とされて、新しい世になった。」
　追われた王を偲ぶだけだったでしょう。

　清少納言は、「星はすばる、彦星」と、枕草子に書きました。
　織姫星とは、書かなかったのです。でも、その彦星を見る場所には、143°の方角に直線道があって、その方向へ視線を誘ったでしょう。
　そして織姫星が静かに、自分のそばに近づいてくるのを知ることができた。と、想像してしまうのです。
　彦星を見る事は、すなわち織姫星を見ることであったのでしょう。
　それが七夕の夕べのお祭り、であると、思っています。

参照:85.万葉集と七夕天平の大船幻想４
参照:84.長屋王天平の大船幻想3

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