「くりま」11月臨時増刊号に、奈良の正倉院の宝物が載っていた。復元された宝物の一つに「青斑石鼈合子」があった。スッポンの姿そっくりに彫られていて、中空で、八角形の蓮の花形の皿を、上からすっぽりと覆うようになっている。合子という。かぶせ箱である。 そのスッポンの甲羅一面に大きく北斗七星が銀で描かれている。日常に見る北斗七星ではなく、裏返しの星座である。それはあり得ない星座なのだが。
藤原不比等と橘三千代の娘である光明皇后が、夫の聖武天皇の愛用した品々を東大寺の大仏に捧げたのが正倉院宝物の最初なのだそうだ。その頃、天体観測と星占いは政治の一つの分野であって、最新の宇宙論はお経と言う形で輸入されていた。だから天球という架空の宇宙と、その中心に在る須弥山型半球の大地という宇宙模型は知られていたのだ。つまり、天球儀はあったはずなのだ。その天球儀に張り付いている北斗七星が、この「青斑石鼈合子」の銀の星座である。裏返しの、天球の外から見た、あり得ない星座なのだ。
亀は甲羅に宇宙をしょって、腹側の甲羅は大地を表すのだと言う。だから、この容器の中に小さな人が入っていると想像して、容器の内側から星座を見ている。それを天皇は手に取ってながめる。つまり宇宙を手中に入れた巨大な神になった気分。なのだ。
天球儀をコンパクトにまとめて、高度観測の機能を付けたのが平面アストロラーベだそうだ。
参照:34.改竄された星の地図(3)
聖武天皇の頃に、天球儀と平面アストロラーベは日本にあった、と思う。
日本書紀の巻第28の天武天皇の巻に、天武天皇は「天文や遁甲(とんこう)によし。」と書かれている。天武天皇とは聖武天皇の5代前の、大海人皇子のことだ。壬申の乱の勝者である。遁甲とは、時間と方角で吉凶を占う方法らしい。この日本書紀にはさらに「天皇あやしびたまふ。すなわち燭(ひ)をささげて、みずから式をとりて、占いて」と書いてある。
参照:日本書紀(五)岩波文庫
式盤と言う占い盤を使って占ったというのだ。式盤とは中国経由で日本に届いたアストロラーベであり、届いた時にすでに占い専用に変質していたのだと、私は思う。
式盤は木で作られている。天球儀は針金をザルの様に組み合わせて星座を結び、内部にある地球から星まで、線で結ぶことができる。その印象がアストロラーベにも残っている。木製では中を透視できない。式盤は天球儀の形骸化したものなのだ。と思う。天体観測がカレンダーを作る技術として未来の予測に使われる様に、運命の予測まで期待されていた、そういう時代の観測機器なのだ。と、思う。
さて、平面アストロラーベに最も近いのが星座早見盤である。星座早見盤は月日と時間を指定すると、その時見える全天の星座がわかる。今見える星の位置や名前を知る時に使われている。天球儀と違うところは、星座が地球側から見た形で描かれているところ。「青斑石鼈合子」の北斗ではない、夜見える北斗が描かれているのだ。
本屋さんで買うことができる星座早見盤は日本で使う様にできている。つまり、緯度があらかじめ入力してあるのだ。
これは、
緯度+日時=星の位置を知る。という使い方である。ならば、
日時+今見えている星の位置=緯度を知る。にも使えるし、
星の位置+緯度=月日または時間を知る。にも対応するはずだ。
そう考えると星座早見盤はなんだかサバイバルツールの様にも見えてくる。星座早見盤の前身だったであろう平面アストロラーベは、砂漠を横断する時に、または海洋を航海する時に活躍したのではないか。で、式盤もその様に使えたのではないか。遁甲という術は軍隊を指揮する為の占いでもあったのだから。
遁甲という術に出てくる式盤は、時計やGPSとして使われたこともあったのだろう、と、仮定してみる。
それで昨年、県立金沢文庫で開催された企画展「陰陽道X密教」で見た六壬式占の式盤を使って、それが星座早見盤と同じ様に使えるのか、やってみた。
参照:37.星座早見盤と金沢文庫
まず中心に置いてくるくる回す天盤を丸い紙で作る。
天板の中央には、裏返しの北斗七星を置く。これは天球儀であるという目印だ。北斗のヒシャクの枝の先、破軍の星が指す先に乙女座を描いておく。乙女座には秋分点があり、中国の星座である二十八宿では東の1番目、乙女座を表す「角」「亢」から星座を書き表す。次は天秤座の「氏」、さそり座の「房」。これを反時計回りに書き入れていく。もちろん、等間隔ではない。星座のもつ幅、つまり角度を正確に記入していく。金沢文庫には、星座の持つ幅の違いを詳しく記した巻物があった。
二十八宿の他に、それに対応する黄道十二宮を書き加える。星占いで有名な12の星座の方が、私たちにはなじみ深く使い易い。
星座の外側に二十四節季と十二支を使って月日を書いていく。「卯」は秋分、9月23日、「寅」は霜降10月24日とする。これで天盤の出来上がり。
次は四角い紙に地盤を作る。中央に天盤をのせるスペースとして円を描いておく。
四角の上の一辺の中央に「子」を書き、時計回りに「丑」「寅」「卯」と、続ける。「子ね」は地上の北、「卯う」は地上の東を表す。「丑うし」と「寅とら」の間は「艮うしとら」北東を表す。
また、「子」は夜中の12時も表す。23時から1時までが子の時間帯で、この時間帯を更に3つに分けて三十六禽で表す。23:00から23:40までが燕(つばめ)、23:40から00:20までが鼠(ねずみ)、00:20から01:00までが伏翼(こうもり)だそうだ。数字で書くと難しいけれど、真夜中の0時のところにネズミを据えれば良いだけだ。昨年の金沢文庫の「陰陽道X密教」で配られた傑作ペーパークラフトの「ダキニ天とその一族・・・式盤展開図」には、かわいい36匹の動物達が地盤の周囲を行進していた。1匹が40分を受け持つ、時間の目盛りを表している動物達だ。
これで星座早見盤として使える六壬式盤の出来上がりだ。
使い方
☆星を観測する日時を決める。
☆天盤の月日と地盤の時間の目盛りを合わせる。
☆地盤の「午」(南)を手前に持ってくる。
☆その「午」の真上の星座がその日その時間に真南に見える星座である。
☆その真南の星座を中心にして黄道十二宮の星座を6つ選び、それらが入る楕円を書き入れる。
☆その楕円が、その日のその時間の全天の範囲である。
☆式盤を裏返しにしてロウソクの炎にかざす。裏返しに透き通って見える星図が、実際の全天の星図になる。
☆最後に紙に描いた式盤を燃やしてしまう。
これでどうだろう。安倍晴明の占いの現場に立ち会った様な雰囲気になるだろう。天武天皇も「燭(ひ)をささげて、みずから式をとりて」と、ある。紙に描いた式盤ならば、裏返してロウソクにかざせば反転する。天球義から星座早見盤に一瞬で変わるのだ。筆をとり星座を描くところから始めたら、それはおごそかな占いの現場になりそうだ。
そして木製の式盤の場合は、鏡に映せばいいのだ。中心に描かれた北斗七星が鏡で反転して、現実の星座になる。そして星座を表す文字はどれも、反転しても読み易い文字ばかりなのだ。
晴明の占いの祭壇という絵を見たことがある。妖怪の式神と晴明といっしょに、燭台や鏡が描かれていた。
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