鎌倉、まぼろしの風景。195

　でも、この今泉の塔の文字は「絶」に似ている。糸偏ではないけれど。
　そう思うのは、181.謡坂と善智鳥（うとうざかとウトウ）で、御嵩町のキリシタン遺物に出会ったからだ。
　十文字のデザインに縁取られた六字名号は南無阿弥絶仏と彫られていた。ゼス・キリストを表す「絶ゼス」なのだそうだ。
参照： 定年後の暮らし春秋�菜園だより�2009-09-30

　今泉の六字名号塔は「絶」に似ている。そう見える様に書いた。
　それは、鎌倉光明寺五十四世の松誉上人だ。石碑には「松」しか読めないけれど。松の下は削ってある様に見えた。

　インターネットの検索能力はめざましくて、神奈川県大和市にあるイボ取り地蔵さんにも、松誉上人の書いた六字名号塔があった。松誉上人詮察拝書。こちらには宝永四年丁亥八月十五日と年号がある。それはお盆の供養であり、フランシスコ・ザビエルが日本に来た記念日であり、カトリックでは聖母被昇天の祝日である。
　宝永四年は1707年だから御嵩町の碑より11年前の碑文なのだ。

　松誉詮察上人は「絶」と書いた訳ではない。でも自署を入れて自分の書いた文字を世人に広めたのだ。
　だから、念仏の信者の中に隠れていた「ゼス・キリスト」と読みたい人々は、松誉上人を褒め讃えただろうと思う。この微妙な文字を拝む為に、人々は列をなしてここに集っただろうと思う。

　江戸時代では、キリシタンは家族ごと死罪になる「大罪」であったから、言いがかりをつけられていつ命を奪われるかわからない弱い立場の人々は、念仏を唱える事で救われようとしただろう、と思う。そんな自分たちの境遇を松誉上人は理解してくれた、そう思っただろう。つまり今泉称名寺さんと鎌倉材木座光明寺さんは衆生を救うお寺なのだと。

　松誉詮察上人は後に芝の増上寺三十七世大僧正になる。彼が書いた微妙な一文字は、たくさんの人達の心を支えたのだと思う。

　その後に、様々な六字名号が現れただろう。徳川将軍の覚えめでたい大僧正が書いた文字だから、以後は安心して真似をすることができる。トップの英断で下々も安心して使うことができるのだ。
　さすがに誰が書いたかという署名は無い。石屋さんの勇気で、出来上がったものだ。下の写真では子安地蔵の隣に、絶妙な「南無阿弥陀仏」がある。「南」にローマ十字が、「彌」に小さいギリシャ十字が隠れている。

横浜市金沢区　享和元辛酉年(1801)十二月吉願日

　石仏や石塔の文字は、写真ではなく活字で記録されてしまうと、その真意が伝わらないことがある、と思う。
　石工は間違った文字を彫ったりはしない。なぜその文字なのか、なぜ、微妙な間違われやすい文字を彫るのか。そこに江戸の人達の文化がある。と思う。
　見ざる、聞かざる、言わざる、で、たくさんの人達が同じ石塔に集まり、心は語らなくとも、いっしょに祈ることが出来たのだ。
　どの人も救われる。そういう意図が、これらの石碑に彫られているのだと、思う。

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　＊＊＊亀子＊＊＊（ 20 Jul. 2011)