鎌倉、まぼろしの風景。147

　鎌倉市手広の交差点を東に150mほど進むと、南に向かうT字路になる。この道の先には通行止めになった美しい切通しがあって、かつては鎖大師に通じていた閉鎖されたトンネルもある。
　戦道峯から鎌倉山ロータリーに向かう美しい山道もあって、こちらも鎌倉らしい景観が残っている。
　その旧道に向かうT字路に椿地蔵がある。

椿地蔵

　今年(2009年)に再販された「かまくら子ども風土記　第13版」を引用する。
「もとはもう少し西の鎌倉街道に面した椿の木の下にありました。今もお堂の後ろには、椿の木が植えられています。椿地蔵は、大豆のじゅずを供えてお参りするといぼがとれるというので、別名「いぼ地蔵」ともいわれています。以前は８月14日がこの地蔵のお祭りで、にぎわったそうです。」＊太字は亀子による。

　敷地内に「左かまくらみち　右くさり大師をへて江の嶋に至る」と彫られた江ノ島道の石碑と、1834年(天保５)の「弘法大師一千年御忌供養塔」がある。
　江ノ島へ行く人も鎌倉へ行く人も、この椿地蔵にお参りして、ここで一休みしたのかもしれない。椿地蔵は椿の木の下で、旅人の安全を守っていたのだろう。
　キリシタンが椿の花をどう見ていたかについては、137.許六と芭蕉の後半にまとめてみた。

　先日、鎌倉柳田学舎が発行した「改訂版　柳田国男の鎌倉断章」を読んだ。この中で「母の手毬歌」という著作が取り上げられていて、そこに「鎌倉の椿」が語られていた。

　兵庫県神東郡田原村辻川（現　福崎町）で生まれた柳田国男が、お母さんの歌っていた手まり歌を覚えていて、その手まり歌に「鎌倉の椿」と名付けたのだ。
　多摩三郡や秩父、上総にも同じ手まり歌があるそうだ。掲載された歌の意味だけをここに引用してみる。

あれ見いやれ　向こう見いやれ
６まい屏風にすごろく
すごろくに５番負けて
２度と打つまい鎌倉
鎌倉に参る道で　椿一本見つけた
その椿　伊達の椿
お寺へ持って行って育てた
日が照れば涼み所
雨が降れば止（や）め所
＊「伊達（だて）の椿」というのは質素の反対の意味だと、柳田国男は解説している。

　鎌倉検定に挑戦している方なら、ここに二つの地蔵が歌われていることにお気づきだと思う。
　イタリックにしてみた「鎌倉に参る道で　椿一本見つけた」という歌詞は、この椿地蔵のことだろう。街道の分かれ道で旅人を見守っていたのだ。
　もう一つはボールドで書いた歌詞の部分だ。「二度と打つまい鎌倉」。すごろくの賭けに負けてもうこりごりという歌詞なのだ。
　その双六（すごろく）は六双（ろくそう）の屏風の下で行われている。つまり豪華なお部屋での賭博だ。

　鎌倉市材木座の浄土宗帰命山延命寺には「身代わり地蔵」という北条時頼夫人の守護仏がまつられている。
　このお地蔵様は女性の体をしているのだそうだ。裸の木彫仏が着物と袈裟を着て立っているのだ。
「すべての観音はマリア像の代わりとして見られたのではないか。」という見かたをこの地蔵にもあてはめれば、江戸時代にはきっと、小袖を頭からかついで、ベールの様に装ったお地蔵様だったのだろうと思う。気品あふれるお顔立ちの地蔵菩薩像だ。
参照：125.古狸塚

　身代わり地蔵という名前は時頼夫人がすごろくの賭けに負けて、着物を全部脱がなければならなくなった時に、身代わりになってくれたという伝説による。
　代わりに脱いで下さったから、地蔵は女身の裸形なのだ。というわけだ。
　賭けの負けを代わってくれた。それは嬉しい事だっただろうけれど、身代わり地蔵にお参りする江戸時代の人達は、もっと切実な恐怖から逃れるためだったのではないか。
　いわれのない言いがかりで、命を失うかもしれない。そういう状況でこそ、身代わり地蔵、延命地蔵、厄よけ地蔵などの信仰がうまれたのだろうと思う。
　理不尽な死を強要される時代であったから、各地のお地蔵様が大切にされた。そこに集う事で情報交換も出来て、助ける人も出て、助けられる人もあって、生き延びる手だてになったのだ。それがお地蔵様のご利益。信心による奇跡なのだと思う。

　かつて8月14日は椿地蔵のお祭りだった。その宵祭りはどんなににぎやかだっただろう。
　1549年の8月15日はフランシスコ・ザビエルが日本に上陸した日だ。カトリックでは聖母被昇天の祝日という大切なお祭りなのだそうだ。
　椿地蔵がキリシタンの地蔵だと言っているのではない。地蔵信仰の中にキリシタンの人々をも抱え込む包容力があったのだろう、と、思っている。
　椿地蔵と人々が呼ぶので、キリシタンの人達も安心して集い、祈る事ができた。心の中で、サンジュアンさま（聖ヨハネ）と呼んでもかまわないよと、椿地蔵を祭る人達は呼びかけているのだ。
　みんな一緒に、8月14日のお盆の夜には、村中でお祭りをした。そういうことなのだ。

　江戸時代の弾圧下をたのもしく力強く生きた人達の姿を椿地蔵と「鎌倉の椿」から想像したいと思った。

　それから、椿地蔵の「大豆のじゅず」は、許六が俳句に詠んだ「十団子（とおだご）」に似ていたのかもしれない。とも、思った。

追記：
なぜ手まり歌に鎌倉の地蔵が歌われているのか。それに答えなければこの項は終われないと気づいた。だから想像できる情景をここに書く。これは私のまぼろしの風景だ。
　手まり歌は母から幼い娘へと伝えられる。若い母は娘の行く末を案じている。娘が成長した後の時代に、自分は居ないかもしれない。その未来までも娘の身の上を守ってやりたい。そう思った母は娘に手まり歌を教えた。
　母と手まりで遊んだ楽しい日々の記憶に、手まり歌も思い出になる。鎌倉と椿の手まり歌だ。
　成長した娘がある日苦境に立たされて、逃げ出すしかない危機に陥る。その時思い出すのは幼い日の幸福な思い出だ。手まり歌が口をついて出て来る。行き場がないのなら鎌倉を目指してみよう。娘はそう思い立つ。
　多摩や秩父、上総から鎌倉を目指すのなら椿地蔵は通らない。藤沢方面からやってくる旅人が椿地蔵に出会うのだろう。それは駿河、三河、西国の人達だ。
　椿地蔵にたどり着いた娘は、ここが手まり歌の一本椿かと、土地の人に聞くだろう。椿地蔵に集まった人達は娘の歌を聴いて、その母が何を彼女に残したのかを理解できたと思う。椿と鎌倉と「女身の身代わり地蔵」の歌だ。母親の深い思いに動かされて、団子の一つも娘に差し出したかもしれない。
　ここで初めて娘は行き先が材木座の身代わり地蔵であると知る。身代わりになってもらいたい願いが、きっとあったに違いない。
　鎌倉はキリシタンの文化の残る場所だと思う。材木座の帰命山延命寺に着いて身代わり地蔵を拝観する。厳かで美しい地蔵が紅を差してベールを被っている。それで娘は、なぜここを目指したのかが分かっただろう。母の心も理解しただろう。鎌倉はそんな旅人を守ることが出来る場所だったのだ。
貴き　びるぜん　だうみな　さんた　まりあ
　Virgem Domina Sancta Maria
　感極まった娘を見て、まわりに居た人はみな娘の身の上話を聞きたがっただろう。身代わり地蔵にすがってここまで来た娘に、奇跡がおこらないはずがない。居合わせた人は宿や仕事をみつけてくれただろう。それが地蔵の功徳なのだ。霊験あらたかな地蔵が娘を見捨てるはずがない、そう鎌倉の人達は思っただろう。
　だから「鎌倉の椿」という手まり歌は、母親の愛情から来る「保険」なのだ。鎌倉にこの歌が伝わっていないのは、その保険が払い戻される事が無く、私が想像したような苦難の娘はいなかった、その証拠であると、思いたい。

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　＊＊＊亀子＊＊＊（ 14-28 Aug. 2009-9 Mar.2012)