東京都青梅市の武蔵御嶽神社は御岳山の山頂に
あって、晴れた日には江の島まで見える霊山だと
いう。ここに鎌倉時代の武将、畠山重忠の奉納し
た赤糸威鎧（あかいとおどしのよろい　兜、大袖
付）があるそうで、国宝なのだそうだ。

　鎌倉市内には御嶽大神と大書された石碑があち
こちにある。御嶽神社もたくさんあったのだろう
けれど、明治期にかなり減ったのではないかと推
測する。たとえば、常磐の御嶽神社は、円久寺の
隣の八雲神社に合祀されている。
　鎌倉、戦国時代の武士の息吹を伝える御嶽神社
は、今、坂ノ下にある。太刀稲荷が境内にあって、
手広の青蓮寺や今泉不動の名前も見え、陰深い木
々の中にあって、由比ケ浜に向いている。

　武蔵の多摩丘陵の嶺を伝い、イルカ峰に乗って
相模国鎌倉までやってくると、ここで海にぶつか
って、ここが終着駅。そんなイメージを受けるけ
れど、本当はここ坂ノ下から船を出して葉山に向
かう、そういう場所だ。なぜなら。
　青梅市御嶽神社から坂ノ下の御嶽神社へまっす
ぐ線を引くと、その線は葉山町へ、三浦市の剣崎
から千葉県へと通って行って、館山市安房一宮の
安房神社まで繋がるからだ。

　これは大きな謎のラインだ。１都３県223,000
分の一の地図から１万分の一の地図へ、縮尺を換
えて見て行くだけで、次々と驚きばかりが出てく
る。だれがこの線をひいたのだろう。
　若宮大路の傾斜した線を、鏡面反転したような
御岳ライン。そこに連なる史跡をあげてみる。

　戸倉山城趾。浄福寺城趾。八王子城趾。廿里（
とどり）城趾。小仏関跡。初沢城趾。
　ここまでは「むさしの城跡ウオーキング」
　平野勝著　東京新聞出版局に載っていた城跡だ。
神奈川県は津久井城趾。村岡城趾。
少し離れて大庭城趾。玉縄城趾。常磐の北条館跡。
　三浦半島では、和田一族の館跡がある。
そして葉山御用邸。城ではないがそうとも言える。
さらに明治以降を見ると、このラインの中央の相
模原市は、日中戦争下1930年代に陸軍の軍事施設
ができて、軍都計画という開発が1945年の敗戦ま
で続いたのだそうだ。
だから、三菱重工「特殊車両」部門。旧士官学校
の米軍座間キャンプ。厚木航空基地。自衛隊なら
この先、横須賀市の陸上自衛隊駐屯所。
これらはみんな御嶽ラインに乗っているか、かす
っている場所だ。
　さらに寺社を加えてみる。まだあるのだ。

座間の星谷寺。鎌倉武士の佐々木信綱が寺の梵鐘
を寄付した。国の重要文化財になっている。
　鎌倉市梶原１丁目の御霊神社。五霊つまり関東
の平氏５家、大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉の祖
先を祀る。坂ノ下の御霊神社は、ここから分祀さ
れたという。
　鎌倉市の泣き塔。1356年に建立された宝篋印塔。
洲崎の古戦場にあり、1333年の鎌倉幕府滅亡の時
の戦死者を祀るものともいわれるが、反論もある。
　以上、これが御嶽ラインのプロフィールだ。

　御嶽神社や御霊神社は、家族の健康と安全を祈
る神社だった。それが軍神に変わって行く。
　東郷平八郎の書いた石碑というのが、城趾跡に
２回ほど出て来た。彼はこの御嶽ラインを知って、
これを設計した人たちに加わりたかったのだろう。

　鎌倉の北条氏は当時の技術で、どうやってこの
線を引いたのだろう。その技術こそが謎だと思う。
明治の軍部は、20世紀の戦争の指揮を、摩利支天
に祈ることから始めたのだろうか。信仰込みで、
作戦を立てていたのだろうか。それはとても理解
出来ないことだと思った。

　追記：二万五千分の一の地図で、横須賀水道に
出会った。横須賀水道は旧日本軍が軍艦の補給用
飲料水確保のために作った送水管で、愛川町半原
の水源地から50km以上の距離を伸ばして横須賀市
逸見に至る。現在は横須賀市民の水道として利用
されている。
参照：横須賀水道道の探索

　いすゞ自動車工場の東西を、御嶽ラインと水道
が平行して走っている。水道は柏尾川にぶつかっ
た所で角度をかえて、鎌倉市梶原一丁目の御霊神
社前で御嶽ラインと合流する。常磐の御嶽神社跡
を流れて、北条の館前を通り、御嶽神社が合祀さ
れた八雲神社前、諏訪神社跡の上を仲良く流れて
いっしょに大仏坂を越える。そうして長谷観音の
前で、ラインは離陸する。坂ノ下の御嶽神社を飛
び越し、相模湾を横切って、森戸神社と菜島の間
を、真名瀬から御用邸、長者が崎へと飛び立つ。
　横須賀水道は長谷観音前でラインと分かれて、
滑川を渡り名越の切通を過ぎ、田越川を渡って、
鷹取山の麓から横須賀へと入って行く。
　時代を超えて、たくさんの人が、あやかりたい
という気持ち一つでこのラインに集まっている。
地図を見て、そういう時代の人たちの気持ちが、
伝わってくる。これは大切にされた何かだと。
もしかして、人の命よりも大事にされたかもしれ
ない。それで葬り去られて来たのかもしれないと。

　

     
　
　 ＊＊＊亀子＊＊＊（3 Aug.2007)