鎌倉、まぼろしの風景。186

　2010年の12月末に、放送大学の「和歌の心と情景　11古今伝授の意義」が放映された。東京大学の渡部泰明教授の講義から、２つの知識を得ることができた。
　そのひとつ。
　古今伝授とは古今和歌集の解読の仕方を秘密裏に伝えることであった。
　最初の勅撰和歌集である古今集は、万葉集以来の歌を集めて平安時代の905年に成立する。
　その和歌の作者が生きた時代を考えて、当時の作者の心情を伝えることではなくて、古典となった和歌を自分の時代に引き寄せて、古歌を、現代を生きる為の警句として読み解くことであった。そのように教授は語った。
　「現代」とは宗祇（そうぎ）や細川幽斎の生きた1400年代後半から1500年代をいう。
　つまりそれは、1680年代の大淀三千風や松尾芭蕉が、西行法師の和歌を使ってキリシタンを語る、そのやり方と同じである。
参照：121.大淀三千風の1686年
122.大淀三千風の鴫立庵
126.六地蔵・芭蕉の辻と潮墳碑

　古今伝授を知っている人たちは古今集という詩集を使って、公にできない事を語り合う事ができたのだ。それはちょうど、手話という方法を知っていれば所作で語り合う事ができるけれど、知らない人にはまったく通じない、そんな伝達方法であると思う。
　古今伝授とは古今集の鑑賞指南であると同時に、古今集という詩集を使って秘密にしたい話を公然と語り合うことができる手法を学ぶ事でもあったのだ。

　古今伝授は誰にでも伝えて良いというものではない。お弟子さんの中から、この人と決めた人だけに伝えられる。それは京都の商家の「一見さんお断り」という手法と同じだ。人物を長く吟味して、伝えている。用心深いやりかただ。さらに、細川幽斎から八条宮智仁親王に伝わった御所伝授という流れがある。肖柏（しょうはく）からの堺伝授がある。林宗二の奈良伝授がある。
　伝授は相手によって全部だったり半分だったり、したのだろうと思う。Aさんにはaという説話を、Bさんにはbという解説を、それでab合わせて古今伝授ならば、秘密はいっそう深い謎で護られていく事になる。

　宮中という最高権力に古今伝授が行われたということは、隠さなければならない別の権力があったということだ。
　宮中に伝えられたのは1600年前後。細川幽斎は織田信長に仕えていたけれど、信長の死後18年たっていて、豊臣秀吉は1589年にはキリシタン禁教令を出し、1597年には長崎西坂の二十六聖人の殉教もあった。
　幽斎はお茶人として秀吉に優遇されたそうだけれど、キリシタンの弾圧時代に入った事を実感していただろう。
　宮中に伝えられた1600年以降の古今伝授は、豊臣秀吉に対して秘密にする内容であった、ということになる。
　「現代」を語るのが「古今伝授」であるのだから、その時の最高権力に対しての「秘密」であったのだろう、と思う。

　「秘密」とは何か。それは文書に書き表すと発禁本になってしまう内容のことだ。それを語った人の命が危うくなる、そういう内容のことだ。
　詩歌を語って命を落とす事があるとすれば、宗教弾圧か言論弾圧の対象となる内容を含んでいた、ということだ。
　特に細川幽斎以降の古今伝授はキリシタンを語る為の言語として使われた、と、ここでは仮定してみよう。
参照：116.江戸の狂歌師　酔亀亭天広丸

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　放送大学で学んだ事の２つめは、「三木は三種の神器に対応する」ということ。
　古今伝授には「三木三鳥」という秘中の大秘密がある。これが敵方にバレたら一大事だ、という要となるキーワードだ。
　三木とは
御賀玉木（おがたまのき）
河菜草（かわなぐさ）
めどに削り花（めどにけずりばな）
　三鳥とは
呼子鳥（よぶこどり）
百千鳥（ももちどり）
稲負鳥（いなおおせどり）
　そして三木は三鳥よりも重大事であるという。

　その三木に三種神器が対応するという。

御賀玉木（おがたまのき）→内侍所＝八咫鏡
河菜草（かわなぐさ）→宝剣＝草薙の剣
めどに削り花（めどにけずりばな）→神璽＝八尺瓊勾玉
　それで、今までわからなかった三木の存在理由がわかった。
　三木に重々しい宝物の名を当て嵌める。そして三木の方が重大だと伝える、それは、本当の秘密は三鳥の方にある、ということだ。
　だけど三鳥を解くには三木を理解しなければならない。だから三木が重大事であるわけだ。ここを突破されたら、三鳥の秘密は白日の下にさらされる。

　さて、三木が示すキーワードとは。
　それは「宝物が３つある」ではなくて、「３つで１セットの宝物である」ということだ。
　キリスト教で「３つで１つ」と言ったら、トリニティ　三位一体（さんみいったい）の事だと思う。
　父（神）と子（キリスト）と聖霊は同じものである、という教義だ。
　325年にローマ皇帝コンスタンティヌス１世が二ケア公会議を開き、そこで三位一体はキリスト教の教理となった。これ以後「キリストは神ではなく人である」というアリウス派は異端とされて、弾圧され、その存在そのものが地上から消されていくことになる。

　それで三鳥を三位一体というキーワードで解いてみる。
　呼子鳥とは、吾子、あこ、カッコーと、子供を呼ぶように鳴く鳥だ。我が子よ、とキリストに呼びかける神である、としよう。
参照：116.江戸の狂歌師　酔亀亭天広丸
参照：122.大淀三千風の鴫立庵
　次に、百千鳥とは、たくさんの千鳥。千鳥とは、チチ、父と、親を呼ぶ鳥である。父よ、と神に呼びかけるキリストの姿を思い浮かべてみる。
参照：161.ゴエモンの木
参照：163.八橋検校の秘曲と「千鳥」
　つまり三鳥に「父と子」がある。それならば、
稲負鳥は「聖霊」であるだろう。

　いなおおせどり、は、稲を背負う鳥と書く。それはスズメであろうと語られる事もある。古今集ができた頃には確かにスズメであったかもしれない。しかし、キリシタンに関する話題を命がけで語り継ぐ文人達にとってみれば、「稲を背負う」とは、稲荷（イナリ）、全国津々浦々に祀られている稲荷神社のことである。

　おいなりさんは、保食神（うけもちのかみ）を祀ると言われている。御饌津神（みけつのかみ）とも言われ、食物の神様だ。神仏習合では荼枳尼天（ダーキニー）である。
　これらの神をなぜ「イナリ」と呼ぶのだろう。ミケツでもダキニでも良かったはずだ。稲の荷と書いてイナリと読ませる、その理由は「キリシタン」というキーワードがあれば解けるのだ。

　キリストが十字架につけられた時に、頭上には「ユダヤの王、ナザレのイエス」という札が掲げられていた。「INRI」と書かれたその札を、日本人はインリ、隠里、イナリと読んだ。
　そう語るのは「会津キリシタン研究」というブログの孤峰庵宗信先生だ。「会津キリシタン研究　１�３」が既に出版されている。
　会津の地を研究することで、キリシタン弾圧時代の日本の実状を描いて、興味は尽きないのだ。

　稲荷社は江戸時代に爆発的に増えている。その総本宮は伏見稲荷大社だ。
　伏見には蒲生レオン氏郷や高山ジュスト右近の屋敷跡があって、南蛮寺もあったそうだ。1607年からは結城ディエゴ神父が伏見で布教している。キリシタンの町であった伏見はその後に完璧なまでに破壊されて、その跡形も無いのだそうだ。「キリシタン隠し」は町一つ改造するほどに徹底して為されたらしい。
　その伏見の面影を宿して、全国に稲荷社がある、と思う。

　権威ある神社の中に「INRI」という意味を潜めて、江戸時代の人々は稲荷社を心のよりどころとしたのだろう。稲荷はイナリと読む、それは稲を背負う、稲の荷と書く。その事自体が証拠であると私は思っている。

　稲負鳥は「聖霊　すぴりとさんと」　である。
　古今伝授の中に、父と子と聖霊が、三位一体であると、言い伝えられている。
　驚きである。

　細川幽斎以降は、と、私は書いたけれど、それはむしろ無名の文人たちによって始められた事だったかもしれない。謡曲の「善知鳥（うとう）」が、たくさんの人の手によってキリシタン受難の曲として伝えられた様に、細川幽斎というビッグネームを使って、古今伝授という伝承の総仕上げとして、無名の人たちの意志が、今に伝わっているのかもしれない、と、思った。
参照：182.善知鳥と江戸大殉教

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　＊＊＊亀子＊＊＊（4 Jan. 2011-5 Mar.2012)