鎌倉、まぼろしの風景。67 
鎌倉、まぼろしの風景。

     イメージの翼に乗って中世+近世鎌倉を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


水堰橋

:::::目次:::::

:::Top最新のページ:::

・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
(ランドデザイン)

・・・地上の星座
天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::

6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::


資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子
ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)


台の天文台          

  鎌倉市大船から小袋谷に向けて、まっすぐに伸
びる古道がある。離山の富士見地蔵から水堰橋
(せいしく橋)に至る道だ。鎌倉時代に遠くから来
た武士たちが、ここで列を整え、衣類や髪も直し
堂々と鎌倉入りした。そういう場所だったそうだ。
せいしく橋という名は、列を整える事からついたの
だそうだ。

 橋の南は小袋谷川が蛇行していて、道が少し曲
がっている。でもその先は再びまっすぐ、台山に突
き当たるまで続いている。台山の上は、海軍さん
通りを飛び越して、公会堂に至る。
 この公会堂はもとは地蔵堂だったところで、半鐘
がつり下がっていたり、庚申塔や墓石が保存され
ていたりして、昔の姿をわずかに残している。この
場所が無くならずに、地域で活用されていることに
小さな感動を覚えながら眺めていると、公会堂の
崖の中に、道路の辻に面して、小さなお地蔵様が
奉られていた。新しいお花とお水がお供えしてあっ
た。それは宗教というよりも、この地の人たちの眼差
しの優しさであるように思われた。宝物殿に入る様な
地蔵ではない。優しくて大切なおじぞう様だ。
 この公会堂から北西に向かう坂道は若宮大路に平行
だ。昇る北斗七星を眺める道なのだ。と、思う。
参照:65.若宮大路の傾き(星の都1)

 そして富士見地蔵から続く古道は、この台山の上か
ら眺める事ができただろう。北西に17度くらい傾いて
いる滑走路の様な直線道路である。その向こうの、
かつてあった地蔵山の山頂へ、大熊座のα星ドゥーベ
が沈む。そして中国の星座図、宿星図では、貧狼
名付けられている星だ。
参照:66.國常立尊(星の都2)

 北極星も貧狼も、暗い夜空があればどこでも
見る事ができる。北天の星は夏でも冬でも見る事
ができる。でも、北から西へ水平に17度の位置に
向けて道を作る事は、山頂に沈む貧狼を見ている
と宣言することだ。道の南端のここから見ていると
伝えることだと思う。それは星を観測する文化、あ
るいは宗教が、確かにここにあったことを示す。と、
思うのだ。

 ここ「台山の北側」に登ると、亀甲山成福寺のある
かめのこ山の全体を見る事ができる。その真上に
北極星があがるだろう。亀甲山が玄武だと言われ
る由縁である。それから、北鎌倉美術館の方向へ
地上の南斗六星があったあたりにかけて、若宮大
路に平行な道が、短くいくつか残っている。
参照:26.北条屋敷跡の南斗六星

 「台山の北側」から見れば、その方向から北斗が
登ってくる。その方向にある山を ひしゃく山 とかつ
ては呼んだのだそうだ。地上の南斗六星をそこから
眺める山だから、ひしゃく山なのだと思っていた。で
も、そうではない。「台山の北側」から見ると、北斗が
登ってくる山だから ひしゃく山なのだ。と、思う。

 だから、水堰橋へ至る古道が台山にぶつかるあたり
「台山の北側」に、星を見る屋敷があっただろう。と、
思う。天文台があったのだ。

ここ「台山の北側」のように、星の向きを示す道や川
と、その南端にあって北天の星を見ていたであろう
場所が、何カ所か地図上に見つかるのだ。これは皆
かつての天文台だと私は思う。

 たとえば。手広の公会堂だ。
 手広には江ノ島道と書かれた道標のある椿地蔵が
ある。ここから南の公民館まで伸びる道は江ノ島道
として有名だ。公民館を過ぎると、その南には古道
が2つ通っている。戦道峯から鎌倉山ロータリーへ
向かう道は、すばらしい切り通しがあって、騎乗の
武士が通りがかるような気さえする。
 もう一方の道は、これも見事に美しい切り通しを経
て、青蓮寺鎖大師へ向かうトンネルに至る。切り通
しもトンネルも今は両方とも封鎖されているが、西
鎌倉小学校の北側から覗き込めば、かつての美し
い姿を見る事ができる。
 その重要な辻である手広の公会堂が、星を見る
天文台だと思うのだ。

 北の椿地蔵まで続く道は、大熊座のα星(貧狼)
昇る方向を示して、岡本城趾山頂のE光学園まで
視線を誘う。北東にのびる道は、梶原の御霊神社
の山頂から昇るオリオン座のベテルギウス(平家星)
をご覧なさいと導いている。
 そして天の北極は、平良文の墓の在る二伝寺の山
頂にあるのだ。
 宮前の御霊神社の東の崖が、視線を遮らない様
に、きっちりと道を空けているのだ。ここも手広の
公会堂にあっただろう天文台のために、山を削る
工事が為されていたのだ。

 天文台はまだある。星を見る道はありすぎる。
あの、謎の荏柄天神の参道も、昇る天帝を楽し
む道だ。
ある道は古く、仏教伝来以前のものであるかも知
れず、別の道は戦国時代の、あるいは江戸初期の
ものかもしれない。どちらにしても、鎌倉に住む人
が、営々と築いて伝えて来た星を見るデザインだ。
道は残り、星は永久に輝く、はずだったのだけれど。
近頃は星さえ見えない夜になったのだ。

 山と星と道、川筋。谷戸に沿って作られた寺やお
堂は、こんなにも贅沢な風景をまとっていたのだ。
毎日、晴れた空に輝きだす星たちを、ここに住む
人たちは楽しんでいたのだ。
 そしてこの風景が、鎌倉だったのだ。と、思った。


+++青い字は訂正箇所です。+++

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  ***亀子***( 19 Jan.2008-23 May 2012)
 
     

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