鎌倉、まぼろしの風景。202 

鎌倉、まぼろしの風景。


          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)

   

東日本大震災で被災した方々に心よりお見舞い申し上げます。

キリシタンと江戸文化


204.イボとり地蔵の小石


 始まりがあれば終わりがあるもので、このHP「鎌倉、まぼろしの風景」も、来年の春過ぎには無くなってしまう。なのに鎌倉には不思議な伝承がまだまだ沢山あるのだ。知りたいことばかりで、語られていないことばかりで、鎌倉の魅力は尽きない。

 鎌倉のお地蔵様の記事を読んでいくと、「イボとり」という言葉に出会う。イボを取って下さいと願かけをするお地蔵様だ。
 顔や首や手の目立つところにイボができると気になるものだ。お地蔵様はそういう願いを聞き入れてくださって、祈るとイボが取れるという。
 そう言う事は本当にあると、皮膚科のお医者様のブログに書いてあった。ある種のイボは精神的な療法で治癒できると。おもしろい。
参照:いぼとり 神様・仏様

 鎌倉市手広の椿地蔵は、大豆を糸で繋げて数珠にしてお供えするとイボが取れると言われている。「かまくら子ども風土記」に書いてある。

椿地蔵(神奈川県鎌倉市)
参照:147.椿地蔵と手まり歌

 鎌倉市植木の貞宗寺にあるお地蔵様もイボとりの伝承がある。
 地蔵堂の中には小石が積み上げられていて、笠や杖、わらじがお供えしてあった。よく見ると青面金剛像と如意輪観音像なのだ。きっと昔は石のお地蔵様もここにいて、人々の願いを聞いていたのだろうと思った。

貞宗寺の地蔵(神奈川県鎌倉市)
 わらじをお供えするのは大黒様を祀る社、あるいは大黒様のお使いのネズミ、子(ね)の神社だ。平将門を祀る神社にも、わらじをお供えする神社があった。
参照:62.語らない鎌倉
 それとは別に、最近、わらじにまつわる興味深い伝承を読んだ。
 徳川家康がまだ豊臣秀吉の下にいた頃、家康の小姓に吉丸という少年がいた。
  ある時太刀を持っていた吉丸の前に金三郎という少年が、わらじをそっと差し出した。吉丸は黙ってそれを履いた。この頃はまだ裸足で歩くことも多かったのだ。
 原吉丸は酒井金三郎のかつての主人であり、今は身分が逆転しているけれども吉丸が裸足でいることを金三郎は見逃すことができなかったのだ。家康はたいそう感心して、幼い主従を褒めたと言う。
 この話は当時は有名であったらしい。
 そのわらじをもらった吉丸とは、原胤信だった。江戸大殉教で火刑になったジョアン原主水である。
 わらじを見るとジョアンを思い出す人も、いたのかもしれない。
参照:原氏〜千葉宗家の執事/原胤信

 鎌倉市上町屋の天守山泉光院にある地蔵堂もイボ取り地蔵様だそうだ。

泉光院の地蔵(神奈川県鎌倉市)
 やはりたくさん小石がお供えしてあった。江戸時代には足下に一面に小石が積み上がっていたのだろうと想像した。
 このお寺にお参りする時には、柏尾川の方から歩いて訪ねると良いと思う。カワウやコサギの飛ぶ柏尾川を背にして、目印の大きな木の下を南に下ると、山裾を巡る様に小道が続いている。そこに小さな洞窟が五つくらい穿ってあって、それはご近所の倉庫になっているのか、風情のある木の扉で封印してある。


 お寺と崖と洞窟は鎌倉の美しい景観だ。この洞窟も奥にドアの大きさの穴があって、奥にもう一部屋が作られているらしい。左に別の通路が続いていたりする。
 見慣れてしまうと価値のない防空壕に見える。けれど、それは鎌倉の個性的な誇らしい景観の一つだと思う。美しい岩肌と人が穿った穴は、昔の人が出入りした生活の一部を彷彿とさせる。

 各地にイボ取り地蔵さんはたくさんあって、地域の人たちに大切にされていた。
 どの地蔵さんにも小さな石が積み上げてあって、その石を取ってイボを撫でる、という所作をする。石は持ち帰って、イボが取れたら返す。そういう決まりがあるのだ。

 着物をきていた頃に、たもとの中には必ず何か小さな物が入っていた。娘さんの宝物だったり、お守りだったり。小石を入れるとその重みで、袖が落ち着いて袖の振りが良くなるとも言われた。そんな小石の一つには、小さな傷があったかもしれない。
 それがクルスに見えたこともあったかもしれないと思った。
 小石に、十字架が彫ってある。それは中山道の御嶽町で発見されたキリシタン遺物である。
参照:十字架陰刻碑 バーチャルミュージアム
参照:中山道 美濃一呑の清水
参照:180.大淀三千風のすみれと芭蕉

 イボ取り地蔵の周りには、決まって小石が沢山積んである。露地に小石がたくさん敷いてあったりする。
 その石を持ち上げて、
 左の耳のそば、右の首筋、ひたい、顎。
 石を擦り付けていけば、
 キリスト教徒の様に顔の前で十字を描く事になる。

 見咎められたら、イボ取り地蔵様ですと手のひらの小石を見せればいいことだ。
 石は落ちて、たくさんある小石に紛れてしまうだろう。
 十文字が彫られていたとしても、見えなくなってしまうだろう。

 イボを取るというのは、小さなささやかな願いである。でも女達にとっては、結構大事な願かけ事でもある。「たいした事ではございませんが私たちには大切な地蔵様なので」という、そういうささやかな「見逃してもらえる細事」の民間伝承だ。
 この地蔵の前では十字を切って祈ることができた、したたかな庶民の地蔵であったのだろうと、思った。
 イボ取り地蔵がキリシタンの地蔵だと言うのではない。ここでならどんな人でも、安心して祈ることが出来た、そういう場を、江戸時代の庶民は作り上げて来た、それを和尚さんも黙認した、江戸時代の庶民が皆で作って来たのだと、想像したのだ。

追記:
 イボを取る、という地蔵の次によく出会うのが、「眼病に効く」という池の水、宝篋印塔に溜まった水、地蔵の水などだ。
 鎌倉市山崎の天神にある宝篋印塔に溜まった水は眼病に効くという。
 目を患う事は今も重大事に繋がるから、真剣な思いで祈願にきただろうと思う。
 指でまぶたに水を塗る所作も、これも十字を切る所作に似ている。
 顔の前で手のひらを動かして祈っている、それを咎められた時に、眼病に効くという水の話はとても重要であっただろうと思う。そう答えることができたら、命を亡くす事なく立ち去る事ができる。
 キリシタンが祈っているという噂が立つ前に、先に有名にしておくことが肝心だ。ここで祈る人は目に水をつける。あるいは小石で顔をなぜる。
 それが罪の無い他愛も無い所作であれば、皆に許されて、心を開いて祈ることができる場になる。そして有名になり、たくさんの人が参拝に来ただろうと思う。
 幕府の弾圧に対して、精神的な対抗ができる場になって行ったのだと思う。  

      


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  ***亀子***( 14 Nov. 2011)

     

   
十字形手水鉢(神奈川県藤沢市)

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・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
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天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
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6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::


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