鎌倉、まぼろしの風景。163 

鎌倉、まぼろしの風景。


          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。


北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ)

   
キリシタンと江戸文化

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

キリシタンと江戸文化は、江戸時代の生活に「キリシタン」というキーワードを加えて眺めてみる試みだ。あれもこれもみんなキリシタンの文化の影響下にあるんだと、あえて言ってみることが、どこまでできるか。
 キリシタンという疑いがかけられると、間違いであっても獄中死してしまいかねない、そういう厳しい時代だから、その痕跡はあるはずがない。だから痕跡の無い所にも、あったはずだという前提で話を進めてみる。だから歴史や文化に詳しい方から見れば、噴飯物の物語になるだろう。お許しいただきたい。
 そんな幻の江戸風景を続けてみる。


 「千鳥」という江戸模様は、お菓子や千代紙、着物の柄に使われている。
 夏の夜の浜でチチヨチチヨと鳴き、波間を走る千鳥は、父を呼ぶ子供の声を伝えていると言われる。それを十字架上のキリストの最後の声だと聞き為してみると、江戸の文化は別の様相を表してくる。
参照:161.ゴエモンの木

 「千鳥の曲」という琴の組曲があるそうだ。「八橋十三組歌」の2番目の歌、「梅が枝」の別名が「千鳥の曲」なのだそうだ。
 かつて「梅枝」というとそれは梅の若枝を指していて、罪人を打つムチを表していたのだそうだ。
参照:花橘をうえてこそ 京・隠喩息づく都 横井清 著 三省堂

「梅が枝」を「千鳥の曲」と言い換えて独立させているのは、「千鳥の曲」という別の替え歌があったから、かもしれない。
 その替え歌とは。どんな唄か。

 八橋検校とは1685年に71才で亡くなった箏琴の作曲家、演奏者である。10才の頃に大阪に居て、すでに三味線の名手として活躍していたそうだ。
 19才頃に江戸に出て、磐城平藩の初代藩主、内藤政長に抱えられる。筑紫筝を江戸で習い、24才の時に肥前諫早へ行って箏の琴の修行をしたそうだ。島原・天草の乱が終焉した年だ。それらは内藤家の意向であったのだろうか。
 三味線の腕を認められて、九州で消えかかっていた秘曲を採集記録するのが磐城平藩江戸屋敷に勤めた八橋検校の仕事だったのかもしれない。
 30才の時に新しいスタイルの箏琴の組歌を作る。十三組歌である。この歌詞が2曲分足りないというので、内藤風虎が作詞。磐城平2代藩主の内藤忠興の息子である風虎は、俳人としても有名だ。後に平藩を継いだ風虎は「小姓騒動」を起こして藩の存続を危うくした趣味人である。

 1663年に八橋検校は解雇され、晩年は京都で暮らした。
 京都名物の「八橋」は彼の名であり、お琴の形をした干菓子である。お茶の友だ。
参照:
「近世箏曲の祖 八橋検校十三の謎」2008年 釣谷真弓 著 アルテスパブリッシング

 内藤風虎が作詞した歌は「十三組歌」の最後の2曲だ。扇の曲と雲井の曲で、それぞれ6つの歌でできている。両方とも「秘事なるゆえに唱歌をしるさず」なのだそうだ。殿様が作詞したので大切に秘事にしたということらしい。
 ここにキリシタンというキーワードを加えるとどうなるだろうか。扇の曲の第一歌。

扇は重かさね かすめるを絵にかきてにうつろうばえ ゆえなつかしき ありさま

 雲に霞んだ二十六夜の月を扇の絵に描けば、その月を踏むマリアの姿も見えてくるだろう。「故懐かしき有様」と、その月に心引かれるという風虎。彼の名が出てくる以上、秘事に値するのだろうか。
 雲井の曲の第六歌。

雲井にとどろく鳴神も 落つれば落つる 世の慣らひ
さりとては 我が恋の などかは叶はざるべき

 天高くとどろく雷も、落ちるときは落ちるのが世のならい。私の恋だってかなわないことがあろうか。きっとかなう。

 天下に鳴り響く徳川将軍も、落ちるときは落ちる。そう読めば、これは秘曲だ。信仰を恋に喩えるのは「細川幽斎公十木の御詠」と同じだ。
参照:116.江戸の狂歌師酔亀亭天広丸
 内藤風虎は熱心に仏教を保護した人だそうだ。だけどこれはやはり秘曲であるのかもしれない。

 1550年(天文19)、山口にやって来たフランシスコ・ザビエルは領主の大内義隆に会う。男色は罪であると説いて怒りをかった。それで重臣の内藤興盛が、ザビエルを自分の屋敷に保護したのだそうだ。
 この大内義隆が、雅楽の曲に合わせて歌う歌を七人に作らせた。この歌詞が八橋検校十三組歌に用いられた歌詞なのだそうだ。だから最初の曲「菜蕗 ふき」には、7つの歌がうたわれる。
 その後、一人が退出したので、2番目の「梅が枝」から最後の「雲井の曲」までは6つの歌で成り立つのだと言う。
 その頃、16世紀前半にスペインでは変奏曲というスタイルが流行っていて、テーマ曲の後に5つの変奏曲が続くのだそうだ。つまり全部で6つの歌だ。
 八橋検校の名曲に「六段の調べ」がある。お正月によく流れている琴の代表曲だ。これがスペインの変奏曲のスタイルなのだそうだ。
参照:異文化の渡来(一)、「皇帝の歌」  荘司賢太郎

 八橋検校が諫早で学んだのは箏曲だけではなくて、南蛮渡来の曲もあって、それを彼は作品に仕上げたのではないか。そこにはラテン語の歌もあって、それで「秘事なるゆえに唱歌をしるさず」と言ったのではないか。そう思った。

 ザビエルとともに伝来したキリスト教はラテン語でミサが行なわれていたのだそうだ。
 神父が語るそのラテン語を口伝だけで残せば風化もするだろう。でもリズムとメロディーがあれば、唄は生涯覚えているものだ。
 洗礼と臨終の時に語るラテン語を「扇の曲」と「雲井の曲」に作曲した、と想像してみる。
秘事なるゆえに唱歌をしるさず。
 そのカモフラージュに風虎が作詞をした。殿様の作詞だから秘事なのだと。それは想像過多、だろうか。

 八橋検校は内藤風虎と同じ年(貞亨2)に亡くなった。京都の金威光明寺に葬られたのだそうだ。内藤風虎の墓は今は、鎌倉の光明寺の内藤家墓地にあるそうだ。その墓をいつかは見てみたいと思っている。


 追記1:
 吉沢検校二世(1800-1872年)の曲に「千鳥の歌」がある。古今和歌集よりとられた前唄

しほの山 さしでの磯にすむ千鳥 
  君が御代をば 八千代とぞ鳴く

 その後に器楽奏部分があり、後半は千鳥の部と呼ばれる山場だそうだ。その後に後唄。

淡路島通う千鳥の鳴く声に 
  幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

 太字の部分は高音の独特な旋律で、雅楽を模したと言われる部分だそうだ。

 「塩の山」とは山梨県甲州市(旧塩山市)にある。「差手の磯」は同県山梨市だ。平安時代905年に成立した古今和歌集に謳われた名所である。山中の河原であるけれど、都人には遠い東国の理想郷の様な海辺だと思われていたらしい。
 山梨県には武田氏の黒川金山があり、その南の大菩薩嶺から流れる重川が青梅街道を西に下り、笛吹川に合流している。塩山と差手の磯には、あるいは平安時代には、自然金が流れ着く事もあったかもしれない。それは確かに黄金の輝くユートピアの水辺であったのだろう。

 その塩山の河原に千鳥が住んでいる。
 君が世を八千代にと鳴いている。「君」とはデウスの神であったかもしれない。

しほの山 さしでの磯にすむ千鳥 
  君が御代をば 八千代とぞ鳴く

 武田の黒川金山の技師が永田勘衛門一族だ。武田氏滅亡後は徳川光圀に招かれて水戸藩の金山の調査をしているのだそうだ。それは1692年(元禄5年)のこと。
参照:水戸藩の「御領内御金山一巻」の大要 ー 永田勘衛門

 甲州市で有馬プロタジオ晴信が岡本大八事件で刑死して80年後。キリスト教は弾圧されて消え去り、伝来した科学技術だけが残ったのだろうか。その岡本大八事件を裁いた大久保長安も、鉱山開発を担当した武田の家臣であったのだそうだ。
 金山開発はイエズス会のもたらした技術で発展したのだそうだ。技術を学ぶ事はキリシタンになる事であっただろうと思うのだ。

 後歌にうたわれる淡路島、とは、小西アゴスチノ行長の領地。キリシタン禁教令が出された1587年に、オルガンティノ神父と高山ジュスト右近、日比谷ビセンテらが淡路島から小豆島、天草へと逃れている。

淡路島通う千鳥の鳴く声に
  幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

 淡路島へ渡った千鳥を、吉沢検校は懐かしく唄った。それが「千鳥の歌」である、と思うのだ。
 その「淡路島通う千鳥」の部分は、雅楽を模した旋律と言うけれど、それは賛美歌の音階であったのかもしれない、とも思う。

 箏曲には千鳥の歌がまだまだあるらしい。それがどんな背景を歌っているのか、興味深いと思う。

追記2:フランシスコ・ザビエルが堺の港に上陸した時に、病身だった彼を世話したのが堺の大商人の日比屋ディオゴ了珪だ。彼の息子が淡路島へ渡った千鳥の一人、八代城代の日比谷ビセンテ兵右衛門なのだそうだ。
 東京の地名、有楽町が織田ジョアン有楽斉の由来であれば、永田町は金山技師の永田勘衛門、日比谷は日比屋ディオゴ了珪、なのだろうか。
参照:キリスト教の茶の湯への影響


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  ***亀子***
( 6-9 Feb. 2010 - 26 Jun.2012)

     

   
柏原 一心坊

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・・・地図上の直線
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:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
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6.道の意匠:::

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:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

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:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
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60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
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64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
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67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::


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