鎌倉市の北西にある大船は中央に柏尾川が流れ
る盆地で、80mくらいの山に囲まれている。
　鎌倉最高峰の六国見山147m が大船駅から東南
に見えている。この山の麓に、旧番地の大船、小
袋谷、台があって、○丁目○番地○号が付く大船、
小袋谷、台とは違う、旧道の雰囲気を残している。

　その大船の山懐で、ちいさな神社をみつけた。
一万分の一分地形図には、鳥居のマークがあった
のだ。分譲地へ行く新しい道ができたので、参道
と階段が切られていて、やぐらのある岩盤の上に、
かろうじて木々が残されている。昔は長い階段の
奥に、高くそびえた神社だったのだろう。
　ここは多聞院末社の神明社だとわかった。「別
の場所にお祀りしてあって、神様は居ないんです」
と、親切な近隣の方が教えてくれた。お社と鳥居
はあっても、神社としては無くなっていたのだ。

　大船は駅に近い事もあって宅地開発が止まらな
い。無くなった寺社はここだけではなかったのだ。
　2006年に北鎌倉台土地区画整理組合が発刊した
「大船の歴史」石山昌司著を読んだ。非常に興味
深い逸話が収録されていた。その中の『第三章大
船の史跡と文化財、第二節　堂・塚・碑』がとて
も興味深かった。平安時代の染屋太郎太夫時忠に
由来すると言う岡野観音堂がかつてあって、今は
廃絶しているというのだ。地蔵堂も明治の「廃仏
毀釈」で無くなったと言う。その他に不動堂と稲
荷社が場所を移してあるのだという。地図をたよ
りに訪ねてみたが見つける事が出来なかった。さ
らに個人宅の中に御岳社があるという。その御岳
社はアパートの庭の中だった。朽ちている鳥居と
ともにまだ社殿がある様に見受けられた。不動堂
と稲荷社、御岳社は「現存」と書いてあるのだけ
れど、地図にはのっていないのだ。神明社とあわ
せて、この直線距離で500m程度の狭い地域に、無
くなったり移動した寺社が６つもあったのだ。

　廃絶した観音堂、地蔵堂を、地番をたよりに地
図に書き入れてみた。移動したと言う稲荷社と不
動堂も元の位置に記入した。御岳社も書き入れた。
大船の山裾に５つのポイントが並ぶ。そこにあの
神明社も加えてみると、６つの点が見慣れた形に
並んだ。これは斗（と）、ますの形を表す星座で、
射手座にある。南斗六星とも言われる星座だ。

　南斗六星は北斗七星と対をなす。北斗は北極星
の周りを回っていて、いつも北の空に在る。南斗
は南東から昇り、南に低く（30°）あがって南西
に沈む。夏の星座さそり座の左にあって、冬は昼
間に出ているから全く見えない。だから北斗より
は馴染みが少ないのだ。
　中国の神話では、北斗は死をつかさどる神、南
斗は生をつかさどる神で、二人で話し合って人の
寿命を決めるのだという。そして南斗の方がちょ
っと柔らかい仙人らしい。お酒と鹿肉のハムをご
ちそうになったお礼に、十九才と書かれた青年の
寿命に筆を加えて、九十才に延長してくれたのだ
そうだ。そういえば南斗六星の真中に在る地蔵堂
の本尊は、延命地蔵尊なのだそうだ。

　「大船の歴史」に、明治１５年の測量図が載っ
ていた。常楽寺の山が鎌倉街道で切られる前の地
形図だった。多聞院から常楽寺の山裾に向かって、
平坦な土地に集落がある。土地をならしてある様
に見えるのだ。その上に地上の南斗六星は輝いて
いる。この星座を、どこから誰が見たのだろう。

　大船観音の方から見れば、常楽寺の粟船山があ
って、星座の形は見えないのだ。台の方から見れ
ば、亀井や長久保の山に隠されている。この星座
を見る場所は一つだけ。それは神明社の向かい側。
谷戸の前分譲地の南面にある山頂からだ。そこは
不思議な一角で、分譲地とマンションに挟まれな
がら、標高４０mの山頂がぽつんと残されている。
そして古い墓地が傍にあって、今も墓参の人がい
る様に見受けられるのだ。木があんなに茂ってい
なければ、はるばると西に開けた富士見ポイント
でもある。ここから地上の星座を眺めた人がいた
んだと想像する。不動堂と地蔵堂の灯火が山頂か
ら見える様に、木が切られ、なだらかに土地が整
地されて、巧妙に人の手が入ってできたインスタ
レーションだ。

　なぜ、確信を持ってそう言えるのか。実際に空
にかかる南斗六星を見てみればわかることだ。
たとえば１０月の夜９時頃に、ひしゃくの柄を少
し下げて、南西に沈みかかる星座の姿そのままに、
宮の前から西の根にかけて、灯火が地上に星座を
コピーしている。約２０°と角距離も同じだ。
「その山頂」から南西を見れば、台山の端の上に
沈む南斗の傾きも地上の星座にそっくりなのだ。
　まぼろしの、消え去った、地上の星座に。

　北条の屋敷跡があったという谷戸の上に、かつ
て描かれた美しいデザインは、御岳社と神明社の
鳥居だけを面影として残して、２１世紀の星の無
い明るい夜をむかえているのだった。