鎌倉、まぼろしの風景。232

　鎌倉市には４つの熊野神社があります。西から順に上げると、まず手広の熊野神社。ここは青蓮寺の隣にあって、寺の飯盛山の山頂には弘法大師の護摩壇跡が伝えられています。
　次に大船の熊野神社。1579年（天正７）に、ここに神像を祀った事が分っています。でもそれ以前からここに神域があったかも知れません。隣の多聞院が別当寺で、多聞院は北鎌倉駅近くにある瓜が谷の観蓮寺が引っ越して来て多聞院になったのだそうです。その時に熊野神社も一緒に来たのでしょうか。それともここに以前からずっとあったのでしょうか。
　次に極楽寺の熊野新宮。さらに浄明寺の熊野神社。
　この他に、十二所神社が熊野十二所権現と言われていたそうです。十二所神社は光触寺の位置にあったのが現在地に引っ越したそうです。これで５つの熊野神社が鎌倉にあることになります。
　浄明寺の熊野神社と十二所神社は、約９８０mを隔てて、東西に位置します。見事に東西にあるのに、途中に山頂が二つあって、互いに眺める事は出来ないでしょう。それなのに東西に揃ってあるのです。その測量を誰がやっていたのでしょう。
　更に。手広の熊野神社の真東に横浜市金沢区朝比奈町の熊野神社があります。鎌倉幕府を開いた源頼朝が艮(うしとら：北東）の山頂に勧請したと伝わっています。こちらはおよそ 7,6kmを隔てて、東西線を引くことができます。鶴岡八幡宮の背後の山と江戸時代に出来た八幡宮本殿を通るこの直線は、あまりに遠くに離れていて、山々を越えて、ひょっとしたら二つの熊野神社の位置を目視できたのかもしれないと思わせるほどです。
　鎌倉市と横浜市の境に近いこの神社を入れれば、鎌倉には６つの熊野神社があることになります。

　東西にある二組の熊野神社について、星の位置から景観を考えてみます。熊野神社とは星を見る神社だと思うからです。
　真東にすばる星が渡って来た時に、北西の空にハクチョウ座が降りて来ます。天の川は東と西の地平線を結ぶ様に横たわっていて、北の空高くに輝いています。東西にある二つの熊野神社を、天の川が結んでいるのです。美しい景観だと思います。天の川が熊野神社の灯火を結ぶ時に、東に地上の王を表す星、すばる星が来ているのです。

　手広の熊野神社の鳥居から参道の先の神社を眺めます。その神社の上に彦星が渡って来ると、その時に、振り返れば、すばる星が真東に輝いています。朝比奈の熊野神社の上にすばる星が来ている。そういう設計なのです。
　大船の熊野神社の場合は、神社の正面に彦星が渡って来ると、東にはすばる星が来ています。今では上の池になっていて深く深く掘り下げられた「神社の東」には、かつてどんな館があったのだろうと思います。「地上の王」のすばる星の下に守られている館があったと想像するのです。

　浄明寺の熊野神社は、神社の中から景観を眺めてみます。神社の正面に、階段が一直線に下りている参道の向きに、彦星が渡って来ると織姫星が神社の頭上に上がっています。
　それぞれの神社で、星の輝きが神社を飾っているのです。
　極楽寺の熊野新宮社の参道から神社を見れば、社殿の上に織姫星が渡って来ます。その時に、北斗七星が真北に天高く横たわっていて、南十字星が真南に輝いています。その瞬間を神社の真上に来た織姫星が教えているのです。参道から見る景観です。今ではもう見えなくなった南十字星の記憶が、極楽寺の熊野新宮社の、参道の向きに残っているのです。

　「熊野その聖地たる由縁」天川彩著　を読んで、東京都江戸川区にある熊野神社を知りました。東京都の地図で見ると、蛇行する中川の畔にある神社です。ウネウネと曲がった川は、以前に見た事があります。それよりもまず、中川という川が特別な川でした。
　東側に真っ直ぐ流れている新中川があります。その西にM字の様なW字の様な、Eの筆記体の様な中川があります。さらに荒川を挟んで西側に、旧中川があるのです。どうでしょう。３つの中川です。この地の人達は、新中川の他に中川と旧中川を「残して」いるのです。巨大な荒川が流れているのに、なお３本の中川を必要としたのです。

　中川と旧中川は、似た形で曲がっています。大文字のＥを筆記体にした様な曲がった川筋です。二つの川の違いは南側の川筋で、中川は西に流れていきますが、旧中川は東に流れていきます。同じ形の川が繰り返しこの地域に残されてあるのは、この南側の違いがあるから、かもしれません。
　中川が出来た時に、川筋の最期は東の方に行かなければダメだよと、誰かが言ったのでしょう。旧中川をこの部分だけは残して置くのだと、消してしまってはいけないのだと思った人達がいたのでしょう。
　新中川が出来た時にも、中川は真っ直ぐな川じゃないんだと、誰かが言ったのでしょう。ギザギザに蛇行して終わりは直線になる、それがこの地域にある中川だと、その形にこだわったのでしょう。
　つまり、最も大事な「地上に描かれた形」としての川が、旧中川に残っているのです。
　旧中川と同じ形に流れる川を知っています。それはバグダッド市街を流れるチグリス川の姿でした。

　バグダッドのチグリス川は大文字のＥの筆記体の様な形をしています。北西を正面にして立つと、左手からカシオペヤ座が降りて来て、チグリス川の真上で同じ形に揃うでしょう。天の川は天頂から北西へと、目前に滝の様になだれ落ちているでしょう。砂漠は夜に旅するものです。東南からバグダッドに町に向うラクダの商隊は、眼前に天頂から落ちて来る天の川を見ます。町の手前で、空のカシオペヤ座と天の川が、チグリス川に揃うのです。まるで鏡に映した様に、大きな湖水に星空が映る様に、星座と川が揃って輝いています。そんな一瞬があったのです。この瞬間に、諏訪の星カノープスが南中しています。わずか２度にしか地平線から上がって来ない星が、真南に姿を現しているのです。その時を教える地上の星図がバグダッドのチグリス川なのでした。

　そのバグダッドと同じ景色を旧中川に当てはめると、どこから見たら良いのでしょう。川の南東から見るその景色を、江戸川区小松川３丁目の小松川神社から見るでしょうか。あるいは江戸川区一之江６丁目の川岸稲荷から見るのでしょうか。どちらにしても、南にはるかな展望が開けている場所です。東京湾に向けて遮るものの無い海辺の景観が広がっていたでしょう。そこから南中高度２度の諏訪星を眺める、その為の川のデザインだったはずです。

　東京都江戸川区の旧中川はどうしても残しておきたかった川筋だったと想像します。それは星を見る景観を残したのでしょう。天文学と占星術の故郷であるシュメール人のいたイラク、バグダッドを流れるチグリス川と同じ設計です。
　バグダッドの真南には何があるのでしょう。その上に諏訪の星が輝く、その為のデザインなのですから。
　イラクの首都バグダッドの南、はるかに９０km先に、古代都市バビロンがありました。シュメールの古都キシュも近いそうです。その上に諏訪星カノープスを輝かせていたのでした。

　鎌倉には６つも熊野神社があります。その位置を繋いだらバグダッドのチグリス川と同じ形に、なるでしょうか。やってみました。
SkitchとGoogle
どうでしょうか。あと一つ、Ａの位置に熊野神社があったら、ぴったりなんだけどなあ、、と。
　ここは鎌倉市玉縄の東谷戸という所で、谷戸根地蔵堂があります。付近にあった石塔が集められていて、その写真を撮りに行った事があります。その石塔の一つが「熊野大権現」でした。この辺りに熊野神社があって、石碑だけが今に残っていたのです。なんとまあ。この石碑に出会えただけで十分奇跡的じゃあないですか。

　鎌倉の熊野神社で作る平星カシオペヤ座を、どこからみたら良いでしょう。三浦半島の最高峰がちょうど南東にありますから、そこから、大楠山(242m)から見ることにしましょう。天の川が三浦半島に重なった時、カシオペヤ座が鎌倉の上に巡って来た時、その時に諏訪星カノープスが見えたでしょう。大楠山の真南が城ヶ島ですから、赤い星の下に城ヶ島があるのです。大楠山の展望台から城ヶ島は目視できない様ですが、とてもステキなデザインだと思います。
SkitchとGoogle
　熊野神社は役行者に始まる修験道に由来を持つ神社です。夜に山の尾根を縦走して、星を見ていた彼等は、神社を設置して灯明を灯し、こんな仕掛けを作っていたのでしょうか。このデザインがどんな咒(まじない)であったのでしょうか。今となってはただ美しい景観だっただろうと想像するだけです。
　

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　リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」地湧社が出版されました。鎌倉市内の書店、ギャラリーやカフェでご覧ください。メールしていただければ郵送いたします。
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