鎌倉、まぼろしの風景。257

　★
　源頼朝は１１８６年に阿蘇神社の宮司から古式の巻狩の作法を学んだ。それは７年後に富士の巻狩として実施された。
　富士の裾野に、夜、満天の星が輝く。建久４年５月８日から６月７日まで、富士の見える狩り場で過ごしたのだ。そこから見ると夜８時半には伊豆半島の最高峰の天城山の上に南斗六星があった。その時北北東の富士山の上にw字のカシオペヤ座があった。北斗七星は北西に逆さまに落ちて来ていて、大地に水を撒いていた。子孫繁栄の南斗六星が伊豆にあり、たいら星が富士に乗っているのだから、頼朝に従う坂東平氏達は星景色に吉相を見ただろうと思う。おめでたい景色である。
　ところで、この時期にはお昼前に、富士山の上には北斗七星が立っていた。この時、オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスは、縦に並んで天城山の上にあった。オリオン座は蔵王権現であるとすると、その権現が伊豆半島の上空に出現している。
　昼間の見えない星祭りである。

googlemapをskitchにより作図。

　昼間の見えない星景色だから、それを知っているのは三島から来た陰陽師達と、巻狩の作法を頼朝に伝えた者達、そして将軍頼朝だけだ。
　富士を背に頼朝が立てば、その瞬間は見えない昼間の北斗七星を背負うことになる。それは礼装の背に北斗七星の刺繍をつけている天皇の姿を思い出させた。東国を治める新たな将軍が生まれたのだ。

　拙著「織姫星と鎌倉」では、いくつかの星景色を紹介している。織姫星が天頂に来た秋の星図。天の川が輪になった夏の星図。南極老人星が南にある春の星図。すばる星が東に来た冬の星図。その他に、白鳥座が天頂にある猿田彦の星図。白鳥座が沈んでいく宗像大社の星図。そして最後に、黒川能に謡われる鳥海山の星図。この鳥海山の星図が古式巻狩りの星図であり、日本の各地にその設計を見ることができる。
　北18度に北斗七星が立つ時、南東１３５度にオリオン座ベテルギウスと犬狼星シリウスが上下に揃う。この２つの指標が示す星空は。それは沈んでいく白鳥座を北西３１２度に見る星祭りである。

googlemapをskitchにより作図。

　この仮説を繰り返して説明したいと思う。
　黒川能では鳥海山と月山が星を指し示し、富士の巻狩りでは富士山と天城山がその指標になっていた。
　西宮の越木岩神社では甲山と葛城山が指標である。大分県竹田市の猪鹿狼寺（いからじ）では由布岳と傾山が該当した。
参照：233.猪鹿狼寺の秘密
参照：254.越木岩神社とイワクラ（イワクラ学会　会報34に掲載 2015.8.5）

　この星祭りはいつから始まったのだろう。
　平安時代に生まれた頼朝が「古式」と言うからには、平安時代よりも古そうだ。

★★
　朝日選書737　日本の道教遺跡を歩く　福永光司　千田稔　高橋徹　著　の142頁に、「神仙境から解く長岡京造都の謎　大阪・交野」という章があって桓武天皇の長岡京遷都と交野の遊猟について書いてあった。
　桓武天皇とは神奈川県逗子市池子に伝わる蛇退治伝説の時の天皇だ。天武天皇の系統から天智天皇の系統へと変ることが決定的になったのが桓武天皇の即位であった。
参照：逗子市池子の蛇退治伝説　（歴史研究　第629号　特集：書かれざる日本古代史　に掲載）

　その桓武天皇（柏原天皇）は783年から802年までの間に12回も交野（大阪府交野市、枚方市）の柏原の野へ通ったのだそうだ。中国の皇帝に倣った郊祀という天を祀る儀式であったそうだけれど、遊猟でもあった。狩なら、これが古式の狩であったのではないか。そう思いついた。
　それなら交野にも富士山と天城山に当たるランドマークがあるのか、作図してみた。

googlemapをskitchにより作図。

　石清水八幡宮の位置に北斗が立つとき交野山にベテルギウスとシリウスが立つ。蔵王権現が出現する。その時沈んでいく白鳥座の天之御中主は上宮天満宮に降りてくる。この星景色を見ていたのは京阪国道の中宮交差点のあたりであった。

　全国にある天満宮の多くは北野天神からの勧請で、その北野天神の元宮が上宮天満宮なのだそうだ。まだ菅原道真が生まれていない時代だから、天神様とは菅公ではなく、文字通り天の神を祀ったのだ。その天の最高神が天之御中主（あめのみなかぬし）。古事記の一番初めに登場する神。宇宙の中心に座す神である。
参照：拙著「織姫星と鎌倉」星空の古事記　

　上宮天満宮の前身は野身神社で、土師氏の氏神様であったそうだ。桓武天皇は土師氏の家で生まれたのだそうだ。桓武天皇がしばしば交野を訪れたのは、土師氏の一族と結束が深かったからかもしれない。

　源頼朝が行った古式巻狩りとは、桓武天皇の交野の遊猟に因んだものだろう。
　では。
　鎌倉の鶴岡八幡宮は石清水八幡宮からの勧請だけれど。鎌倉にもこの星図が描かれている？
　源頼義が1063年に石清水八幡宮から勧請した元鶴岡八幡宮は鎌倉市材木座にあり、1180年に源頼朝がここから移したのが鎌倉市雪ノ下にある現在の鶴岡八幡宮だ。
　作図してみた。

googlemapをskitchにより作図。

　元八幡の上に北斗七星が立ち、光明寺の山頂にベテルギウスとシリウスが揃うと、鎌倉最古の甘縄神社の上に白鳥座の天之御中主が降りてくる。それを見る場所は材木座海岸である。今も市道が砂浜へと続いていて、ビーチへ行く人はここを通る。
　鎌倉時代にできた鶴岡八幡宮は現在の舞殿のあたりにあったそうだ。その上に北斗七星が立つと妙本寺の谷、比企ガ谷にベテルギウスとシリウスが揃う。その時源氏山山頂に白鳥座が降りてくる。それを見る場所は小町小路。日蓮の辻説法跡地あたりだ。

　甲冑姿の頼朝の銅像が座っている源氏山公園とは違って、観光客も少ない源氏山の山頂からは、北側の空が美しく見える。山の稜線が水平だ。北斗七星が回転して見えるのを、ここに立っていた人が眺めていただろう。南には海が見えるから、南中高度の低い南極老人星もよく見えたはずだ。源氏山山頂には不思議な石の祠がある。時代ごとに様々な神様がここで祭られたのだろうと想像する。現在は鎌倉市の公園だから、宗教色が消えているけれど。

　元八幡や今の鶴岡八幡宮に直立する北斗七星を見るのは、北西312度に降りて来た白鳥座の中心を見る為である。
　それが甘縄神社や源氏山に降りて来るのなら、甘縄神社や源氏山に祀られている神は天之御中主であると言うことになる。白鳥座の中心には御中の星があったからだ。
　今の甘縄神社は神明社であって、御祭神は天照大御神だ。でも。
　長屋王の死の前年に亡くなったと語られている由比の長者が("だから長屋王の死には無関係だ")、甘縄神明社を建立する前は、そこには天之御中主が祀られていたのだろうと、想像してみた。

　そして。西に沈む星を祭るのは、星神に勝利した人達が敵の鎮魂を目的にして行ったことだと「織姫星と鎌倉」に書いたけれど。
　沈む星は滅び行く星ではなく、地上に降臨する星、であったかもしれないと、気付いた。
　白鳥座の星、御中の星は、甘縄神社に降りて来たのだ。
　あるいは、空から星が降りて来て源氏山に着地する。そういう星景色だったのかもしれないと、思った。

★★★
　古式巻狩とは、桓武天皇の時代に遡る儀式であると思う。それを伊豆の陰陽師たちは継承していた。宮廷の陰陽寮に必ず加わっていた沼津の陰陽師たちは鎌倉殿(頼朝)に伝えた。
　自分たちが教えたということには出来ない。宮廷の秘密である。だから阿蘇の大宮司にお聞きなさいと囁く。
　もちろん吾妻鏡には書けない。現地の大分県竹田市の猪鹿狼寺(いからじ)に伝承が残るだけだ。
　源頼朝は那須野や武蔵野で狩を試みて適地を探し、富士の裾野に決めた。頼朝がやったのはあくまで「古式の狩」である。弓馬の道を進む武家に似つかわしい。でも、陰陽師たちが、建久4年の夏の昼間の星空に描いたのは、郊祀ではなかったのか。
　郊祀とは中国皇帝にだけしか許されない即位に伴う祭祀だ。近隣の国王は中国に隠れて行ったという。即位を天に告げ護国を天の皇帝に祈る式典ではなかったのか。
　しかし頼朝は天皇を望んだのではない。別の思想がこの地にはあったのだ。

　桓武天皇の第三皇子である葛原親王は、自分の子供達を皇族から外した。長子も末子も、息子も娘も、母の位も関係なくすべて平等に「平」を名乗る彼等は新天地の東国へ向かった。
　葛原親王の母の多治比真宗は北辰信仰を親王に伝え、星に祈る事を教えた。それは関東の平氏に脈々と流れて今に至っている。
　葛原親王の子供たちは神奈川県平塚市に住み「平らな塚(質素な塚)」を作る。藤沢市葛原の皇子大神の東に、御所と呼ばれた館を構えた。やがて鎮守府将軍になった平良文（良正）の時代に、藤沢市宮前に良文の館が出来て御霊神社が勧請された。その時代に良文の甥の平将門が打ち取られた。
　柏尾川を渡って良文の子供らは鎌倉へと入り、深沢の御霊神社が出来て、長谷の権五郎神社ができる。大倉にあった権五郎の屋敷を頼朝の御所に譲って、鎌倉幕府となった。
　葛原親王から鎌倉幕府までの300年、現在までの1200年の時間を生き抜いた北辰信仰、星景色を祀る文化が、現在の鎌倉の山や川に、道の向きに残っている。日本中の山河に、神社に残っている。昭和の弾圧を耐えてこの文化を守ってきた人々に敬意を表したいと思う。
　星の文化はチグリスユーフラテスの中州から興ってペルシャ系ソグド人によって中国に広まった。日本の文化は一様ではなく多様な文化が合わさっているのだと、こんな事からも思った。