鎌倉、まぼろしの風景。237

　京都府京都市左京区を流れる賀茂川と高野川の合流する所に、糺ノ森がある。ただすのもり。不思議な名前だと思う。
　この名を直洲ノ森、「川の直中（ただなか）にある中州の森」と読んでみる。実際は中州ではないけれど、賀茂川の水量が多く、川が自然のままに流れていた時代に、中州があるいはあったのかもしれない。
　川の中州とは、水流が変わると川底になってしまう不安定な場所を言う。そこが草原になり、低木が生えて更に高木の森になるまで、長い時間が必要だ。つまり森ができるほど長い間、この川は氾濫していないという事を語る。中州でありながら氾濫しない安全な場所、そんなめずらしい場所を「ただすのもり」という言葉が表している、と読んでみる。この糺ノ森に下鴨神社がある。神社がある場所は安全な場所であることが多い。例外もあるけれど。
　下鴨神社と呼ばれている賀茂御祖神社（かもみおやじんじゃ）は紀元前から存続する神社だそうだ。平安京ができる遥か前に、ここに神が祀られた理由を、空に輝く星に求めてみる。とすると、その神は天之御中主神（あめのみなかぬしのかみ）になるだろう。古事記に書かれた沢山の神々の最初に出る神の名だ。

　　「天地はじめてひらけし時、高天の原に成れる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。」古事記　上つ巻
　
　京都の盆地に賀茂川と高野川の合流する場所があるように、夜空を流れる天の川にも合流地点がある。コールサックという暗黒星雲が、天の川の銀の砂のような星々を隠していて、そこが中州のように見える場所がある。そこに白鳥座の北十字があって、その中央にかつて巨大な赤色矮星があったそうだ。それが御中の星。赤かがち星。カガセオの星。真鍋大覚著「儺の国の星」に載る、失われた巨星である。星が消えたのは平安時代末期であろうと大覚先生は語る。天の川が合流する、中州にあった赤い星。その星空を地上に映すと、賀茂川と高野川が合流する糺ノ森の下鴨神社の位置が御中の星になるだろう。天の川が賀茂川と高野川のように見える、そんな瞬間を探した。
　賀茂川と高野川が合流してYの字の形になる。天の川が北側から南側へYの字が立つように見える、その星空を、星座早見盤を回して探した。東西に横たわる冬の夕べの天の川や、南北に流れる秋の夕べの天の川を見た。iPhonのプラネタリウムのアプリ、天文学３D＋で、西暦一年の星空を再現してみた。古事記の伝承がすでにあっただろうと想像するその頃も、今の空とあまり変わらずに、北西の空にY字の天の川が沈んで行くのを見ることが出来る。白鳥座の北十字の中央が、北西に沈んで行った。
　
　夜空にY字の天の川があって、その真下にY字の川が流れている、そんな夜景を見る場所を地図上で探した。
　下鴨神社を北西に見る線上に、吉田神社の山頂１００mがあった。その先は南禅寺の東の山頂、３００mだった。ここらから見ると北西に下鴨神社があって、その先に上鴨神社が重なって見えるはずだ。二つの神社を結ぶと北西に向う直線になって、その先に天の川の中州が、御中の星が沈んで行く。美しい設計だと思った。
　天に銀河、地に賀茂川。星の光が川に映って、鏡に向かったように揃う時、天の川は正に天頂を通り、北西と南東を結んでいた。この後１時間に、東南東に諏訪星カノープスが地平線から現れる。さらに１時間半経つと諏訪星は南中する。高度は僅かに2.5度だ。見ると長生きをすると言う南極老人星、寿老人星は、南禅寺の山頂からよく見えたはずだ。
　
　沈む星を見るのは星を看取る事だ。御中の星を追悼する行為だと想像する。その落ちて行く星を京都御所の上に迎えたとすれば。最大級の追悼になりはしないだろうか。沈む星を帝の座に迎えるとすると、それは将軍塚から見る景色だ。東山山頂にある将軍塚は今も夜景の名所になっている。夜ここに登って、京都盆地に広がる町の灯を眺める、その習慣はいったいいつから続いているのだろう。全国各地にある夜景ポイントは、その昔の陰陽師達の観測地点だったかもしれないと思った。

　星は常に水鏡に映して観察されていた。陰陽師の使う星図は天球の外側から見た図で、裏返しになった星座は鏡に映さなければ、実際の星座とは一致しなかったのだ。将軍塚から見る鴨川に天の川が映って、京都御所に御中の星が沈む。それを湖水に映った星として、地上の灯火のように眺めた。
　御所ができる前はそこに、星を祭る祭壇が、あったのかもしれないとも、思った。　

　