鎌倉、まぼろしの風景。256

　熊野について、考えている。
　熊野のクマは隈取り(くまどり)のクマだという。徹夜して目の周りにクマができると言う。そのクマとは光の当たらない隅。暗い影。影は黒い。
　動物の熊がクマと呼ばれるのは、体毛が真っ黒だからだそうだ。
　クマノは「暗い野」と聞くことができる。

　熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社を祀るのが熊野神社だ。明治以前は熊野権現という熊野の山に祀られる本地垂迹の神であった。それぞれ別々の神域であったらしい。
　三つを一つにまとめたのは、三つで一つという思想があるからだと思う。宗像大社の三女神や、住吉大社の三神を思い出す。
　星空の星座では、夏の大三角形という三つの星が有名だ。オリオンの三つ星もある。
　釈迦三尊。三美神。三人の魔女。三位一体。三つで成り立つのは三角測量だ。三地点で角度と距離を測って、川幅など測りにくい距離を知ることができる。
　三つで一つ。砂漠や海を渡る技術。あるいは国土の広さを知る技術だ。

　熊野三社ではそれぞれ熊野牛王符というお札を出している。この牛王は午王とも書かれる。
　子午線の午、午後の午である。十二支の午（うま）は南を表している。
　熊野とは南である。
　南と言うならどこから見て南なのか、誰が南と言うのかが、わかる。
　それは葛城、飛鳥、奈良に居住する人たちが言う南である。
　明日香の宮殿から望む南である。

　熊野神社は出雲にもある。島根県松江市八雲町熊野に鎮座する出雲国一之宮の熊野大社だ。
　日本書紀の「巻第二十六　斉明天皇　五年」に記載がある。
　岩波文庫では354ページになるか。
　「この年、出雲国造におほせて、神の宮をつくりよそはしむ。」
　この神の宮が島根県松江市八雲町熊野の熊野大社だそうだ。659年の造営になる。
　その時代の天皇は皇極・斉明天皇（594ー661）。飛鳥に謎の石造りの遺跡を多く作った女帝である。
　また、鴨の一族であり修験道を作った役行者（634？ー701？）の時代でもある。
　すでに祀られていた神を役行者らが再発見して、各地に神社ができたのだろうか。
　一方、熊野本宮大社旧社地である大斎原（おおゆのはら）に、熊野本宮の社殿が建てられたのは、615年だそうだ。推古天皇の23年にあたる。熊野座（くまのにいます）神社と呼ばれる紀州の熊野の山に鎮座する神という。
　中洲に社殿があるのなら、それは白鳥座の神であると思う。京都の糺ノ森（ただすのもり）にある下鴨神社のように。
　天の川の中洲の只中（ただなか）に鎮座する神は白鳥座の中央の神である。
　天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)は御中星として白鳥座の中央にあった赤色巨星だと真鍋大覚はいう。
　二筋に分かれた天の川はここで合流する。川の中州に天の中央に坐る神が祀られた。
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　白鳥座は320度に沈んでいくように見える。その少し前
　白鳥座の尻尾の位置に当たる星、デネブが、地平線から10度の高さまで降りて来た時の方位が312度である。
　この方位を日本の地図上から見つけ出すことができる。
　北西315度より少し左の方向を、地上に印をつけて祀った人達がいた。
　沈む直前の白鳥座を見ていた人達が居たと、地図が教えてくれる。
　北西312度の視線を地図から見つけてみよう。

★1★
　熊野の最南端は潮岬である。明日香の宮から南へ線を引くと潮岬に至る。
　潮岬つまり和歌山県東牟婁郡串本町に出雲崎がある。その岬の向きは312度である。
　海上から岬を見ると、312度の先に視線は誘われる。
★2★
　出雲崎と言えば新潟県三島郡出雲崎町である。
　「荒海や佐渡に横たう天の川」と松尾芭蕉が奥の細道に遺した。
　出雲崎町から312度の線をひくと日本海を飛び越して佐渡ヶ島に至る。
　新潟県佐渡市小木町の小木港である。
　出雲崎から夜に、対岸の佐渡の小木港の灯火が見えた。
★3★
　佐渡市小木町の港から北西312度の線を引く。　山を越えて北側の、日本海に出る。そこが新潟県佐渡市小木大浦である。
　小木港と小木大浦は、同じ名前だから交流があったと想像する。
★4★
　小木大浦から北西312度をひくと日本海の向こう、ナホトカの西、ウラジオストクの西に至る。
　ガモバ岬である。岬の先端から道がまっすぐにある。312度の道である。
　ガモバ岬から日本に船を出した人がいたのかもしれない。
★5★
　新潟県の出雲崎に戻って、港の南の高台にある光照寺から南東に312度の線を延長してみる。南東132度の線になる。線は山を超えて小木を通る。新潟県三島郡出雲崎町大字小木という。最寄駅はJR越後線小木ノ城駅である。
　さらにその先は新潟県三島郡出雲崎町の桂神社に至る。
★6★
　桂神社を休憩所のように経由して、312度、132度の線を南東に延ばすと、日枝神社に至る。
　新潟県長岡市鳥越の日枝神社である。階段が続く長い参道があって、その参道の向きは312度である。
　下の鳥居から山中の日枝神社を仰ぐと、その視線の先は出雲崎であり、佐渡の小木漁港でありガモバ岬である。

googlemapをskitchにより作図。

　日枝神社のある鳥越という地域は、北に長岡市七日市があり、南に長岡市雲出町(くもいでまち)がある。
　いずれも東側に黒川が流れている。信濃川の支流であり、北北東の与板町で合流する。
　この黒川は雲出町と鳥越の境から、ほぼまっすぐに北北東へ流れる。
　それは鳥越地区が終わり七日市に入る辺りまで続く。その川の向きは18度である。
　18度とは、重要な向きであった。

googlemapをskitchにより作図。

　拙著「織姫星と鎌倉」に黒川能の話を書いた。
　山形県鶴岡市黒川の春日神社に伝わる黒川能は鳥海山と月山を謡う。
　神社の北北東18度の向きに鳥海山があり、その上に北斗七星が直立すると。
　135度に月山があって、その上に青白いシリウスと赤いベテルギウスが縦に揃う。
　18度に鳥海山があり、135度に月山がある。
　それを見ることができる場所を公有地とし、神社ができ、
　奉納の舞が伝えられて鳥海山と月山を謡う。黒川能である。
　この、北斗七星と二つの星が揃う時、まさにその時に、
　北西312度に白鳥座のデネブが降りてきているのだ。
　黒川能に歌われた情景は、沈みゆく白鳥座の、ある瞬間を示していたのだ。
　それもこの数値は古墳時代から鎌倉時代初期の値である。
　千年経つと星の位置は目に見えて変わってしまう。
　今では意味をなさない数値が700年代という明日香の時代の記憶を秘めて、地図の上に残っている。
　神社の参道や旧道、川の向きを守って来た人々は、21世紀に至っても、
　はるかな記憶を復元することができる。
　沈む白鳥座を312度の彼方に見る文化があったことを、今に伝えている。