鎌倉、まぼろしの風景。241

　北鎌倉駅の下りホームに平行して通る道に、小さなトンネルがある。そこを「緑の洞門」と名付けて、保存運動が起こっている。このトンネルを切り崩す計画が進んでいるからだ。トンネルの岩にはひびが入って、崩落しそうで危険だからだ。

　トンネルを開けられた岩塊は、歴史的な意味を持っている特別な場所だ。横須賀線が敷かれた時に先端が削られたと思われるのだけれど、それでもここに山の稜線が伸びていたのだという事を主張している。夏になれば山藤が薄紫と純白の花をつけて、香とともに降りかかって来る。トンネルが無くなれば、あの藤の花も見れなくなるのだろう。この飛び出している山の尾根が、なんとか安全に存続できるように、できないものだろうか。

　この地域には、星に向かう線が何本も引かれている。複雑なデザインがあることを、すでにブログの方に書いた。
参照：トンネルは星の向きを守るため
　それとは別に、ここではトンネルについて、考えてみた。

　トンネルは、切通とは異なって、山の峰を破壊しない。いわば立体交差だ。上を通る峰を保全する為にトンネルが作られる。緑の洞門も「峰を壊さないように」という意図で、掘られたはずだ。その洞門の北側に、もう一つ別のトンネルがある、らしい。東側の円覚寺の墓地から入って、西側の高い位置に抜けるトンネルだ。墓地の方はコンクリートで封鎖されて、法要のための祭壇の正面になっている、ようだ。西側の穴はかなり高い位置にあって、冬に木々が枯れると、道路から今も見える、と記憶する。
　さらに。
　緑の洞門の北に円覚寺の雲頂庵がある。その正面の階段の途中に、小さなトンネルがある。今は瀟洒な住宅の門になっているトンネルだ。二つのトンネルは同じ向きに通っているから、かつては「繋がっていた」と考えてみた。北鎌倉に駅が出来て便利になり、新しい家々が建てられて、トンネルのまわりの土が削り取られていくと、トンネルは消えてしまう。ドーナツを食べていけばドーナツの穴は無くなってしまうのと同じだ。宅地造成されずに山が残された部分の、高い位置に、トンネルの切れ端がわずかに残ったのだ、と思う。

　北鎌倉の県道21号線に掛かる十王堂橋の向いに、かつては十王堂があったそうだ。建物は円覚寺に移築されて、桂昌庵閻魔堂になっている。横須賀線が無かった江戸時代には、「緑の洞門の山（岩塊）」が、「十王堂の山」であったはずだ。この十王堂から八雲神社に向けてトンネルがあった、と考えてみた。
　一方、八雲神社には聖観世音と書かれた石碑が、誰にも語られる事無く草に埋もれている。「北鎌倉の神々」という興味深い本にも、この石碑については語られなかった。ここに観音堂があったのだろうと想像する。
　つまり、無くなった十王堂から「無くなった観音堂」まで、消えたトンネルがあった、と想像したのだ。

　緑の洞門を壊して傾斜地にすれば、北側にあるだろうトンネルに斜面が近づくことになる。トンネルにはコンクリートが注入されて、地盤の強化が計られるだろう。それでこのトンネルも、破壊されるのだ。

　以前、洞門山の開発が問題になった時に、好々亭のトンネルを貫通する別のトンネルの存在を、このホームページで語った。
参照：104.北鎌倉八雲神社の山頂開発
参照：166.防空壕と遺跡（洞門山の開発）
　あの時、トンネルには宅地を強固にするためにコンクリートを注入して、埋めてしまう計画だった。
　トンネルは消されてしまう計画だった。誰が、いつ、何の為に作ったのか、再考される事も無く、「防空壕」であると言われ続けて。
　今回も。
　緑の洞門を壊す事で、その裏に有るだろうトンネルも、永遠に無くなってしまうのだろうか。
　観音堂は誰にも語られず、十王堂は移転してしまい、トンネルも消えてしまう。ある時代の文化が、誰も知らぬ間に無くなっていく。

　洞門山を縦走する謎のトンネルは、開発が中止になって無事に残ることになった。素晴らしい事だと思う。いつかこのトンネルが再評価されて、北鎌倉の魅力が増える事を願っている。

　緑の洞門が壊されるのなら、せめて、パーゴラの様に屋根を付けて、あの山藤の美しい花を咲かせて欲しい。かつて山の尾根がこんなふうに伸びていたのだと分るように。駅のホームからも見える緑の壁を、作って欲しいと願っている。