鎌倉、まぼろしの風景。244

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リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」の続きです。星に関する事を順序立てて再構成しました。新しい話題もあります。読んでいただけたら幸いです。
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244.藤原の宮の御井の歌

　万葉集の巻一雑歌52に「藤原宮御井歌」があります。藤原京遷都は694年の12月ですから、翌年の春から初夏にかけての情景を歌うのでしょう。
岩波文庫から引用します。
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　藤原ノ宮の御井の歌
52　

１やすみししわご大君　高照らす日の皇子
2あらたへの藤井が原に　大御門(おほみかど)始めたまひて
3埴安の堤の上に在り立たし　見(め)し給へば

4大和の　青香具山は　日の径(たて)の大御門に　
5春山と繁(しみ)さび立てり
6畝火の　この瑞山(みづやま)は　日の緯(よこ)の大御門に　
7瑞山と山さびいます
8耳無の　青すが山は　背面(そとも:北面)の大御門に
9宣(よろ)しなへ神さび立てり
１0名ぐわし　吉野の山は　かげとも(南面)の大御門ゆ
１1雲居にぞ遠くありける

１2高知るや天(あめ)の御蔭(みかげ)　天(あめ)知るや日の御影の
１3水こそは常(とこしへ)にあらめ　御井の清水(ましみず)
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この歌の前に
明日香ノ宮より藤原ノ宮に遷りましし後、志貴ノ皇子の作りませる御歌
　51　釆女の袖吹きかへす明日香風京を遠みいたづらに吹く

があります。そして御井歌の後にこの歌が続きます。
短歌
53　藤原の　大宮づかへ　あれつくや　処女がともは　ともしきろかも

右の歌は、作者いまだ詳らかならず

志貴皇子は天智天皇（中大兄皇子）の第七皇子だそうです。壬申の乱で天武天皇（大海人皇子）の系列に天皇が移ってしまい、皇位継承から遠くなったために、和歌に生きたとWikipediaにはありました。
ところが死後54年経って、春日宮天皇と呼ばれるようになります。志貴皇子の六男が光仁天皇に即位(770-781)したからです。彼の権威を上げる為の追尊らしいのです。

光仁天皇は天智系ですが、天武天皇のひ孫の聖武天皇の娘、井上内親王を皇后にしたので、息子の他戸親王は両方の系統を継ぐ次期天皇と期待されたのでした。
ところが772年、井上内親王は天皇を呪詛した罪で廃后となり、息子の他戸親王も皇太子を廃されます。翌年には難波内親王を呪い殺したという理由で、二人とも幽閉され、775年４月27日に同時に亡くなります。不自然な死です。
光仁天皇は高野新笠夫人の息子を皇太子にします。それが桓武天皇(781-806)でした。それで現在まで、この、天智天皇・志貴皇子・光仁天皇・桓武天皇という系統が続くのだそうです。
神奈川県逗子市池子に伝わる蛇退治の伝説は、781年（桓武天皇が即位した年）に起こった事件です。それは天武の系統が終わりを告げた年でした。
参照：225.六人の勇士　池子の蛇退治１

さて、
万葉集の成立は759年（天平宝字３年）以後だそうです。大伴家持がこの年の一月に万葉集の最期の歌を詠んだからです。一番古い１巻には、持統天皇が太上天皇(690-697)で、文武天皇が大行天皇(697-707)、元明天皇の在位(707-715)した頃を現在としているそうです。
だから藤原宮に移った694年12月以後に歌われた歌を、後の707-715年頃に編集したということになるでしょうか。

その頃はまだ志貴皇子も存命で、井上内親王はまだ生まれていなかった時代です。
志貴皇子の暢気な歌がここにあります。
明日香ノ宮より藤原ノ宮に遷りましし後、志貴ノ皇子の作りませる御歌
　51　釆女の袖吹きかへす明日香風京を遠みいたづらに吹く

釆女の十代の美しいお嬢さん達が集って、突然の強風にキャアキャアとはしゃいでいます。強い風に、薄い絹の衣装からボディラインがくっきりと見えています。新しい都に若い乙女達の声が響きます。
この若々しい溌剌としたイメージは、御井歌の後の短歌にも続いています。
短歌
53　藤原の　大宮づかへ　あれつくや　処女がともは　ともしきろかも
藤原宮に仕える美しい乙女達は、幸せそうでいいなあ、うらやましいなあ。

この歌に挟まれた御井歌は
水こそは常(とこしへ)にあらめ　御井の清水(ましみず)
で終わります。ここにも井戸を守る乙女達の影が見え隠れします。井戸に星を映し、星を見つめている巫女の姿です。

この歌を３つ並べて、伝わって来るものは、現世の喜びであり、若い乙女の色っぽい魅力でもあります。でも772年から781年を過ぎた後では、この歌は別の感慨を持って読まれたでしょう。井上内親王が亡くなって、桓武天皇が即位する、その間の藤原氏の陰謀を苦々しく思っていた人達は、この時代から問題が始まったのだと感慨深く読むかも知れません。

何よりも、右の歌は、作者いまだ詳らかならずと書かれている事に注目します。御井歌はその作風から柿本人麻呂の歌であると言われています。それなら、なぜ名を名乗ることができない歌なのでしょう。宮廷詩人の柿本人麻呂は地方の役人として左遷されて人生を終えるのですが、歌ってはならない歌を歌ったのでしょうか。

御井の歌を星の歌であるとして読み解いてみます。すると、729年に謀殺された長屋王（天武天皇の孫。高市皇子の息子）や、井上内親王、池子の蛇退治をした池子王（天武天皇のひ孫の聖武天皇の息子）と同じ立場に立って、新しい桓武天皇の時代を苦しみながら迎えた、その思いを感じることが出来ます。天武系から天智系へ権力が移っていった時代の、取り残された天武系の人達の思いが、柿本人麻呂の歌とされるこの御井歌に、読み取ることができると思うのです。
今も昔も、歌は作られた当時を懐古する為に詠まれるのではなく、現代の思いを今語る為に、古い歌を持ち出して詠います。桓武天皇が即位して４年後、785年に大伴家持は亡くなったそうですが、彼の死後に発見された万葉集は桓武天皇の時代から遡って古い歌を眺める、そういう視点で読む事も出来るのだと思います。

／／／私説　星から読む藤原宮御井歌／／／

１
　若くて、今は力を溜めている次世代の覇者。私のご主人である日の神様の御子へ歌を奉ります。

　お日様の女神の息子さん、高市皇子に捧げます。筑紫宗像郡の豪族である胸形徳善の娘、尼子娘(あまごのいらつめ)を母にもつあなたですから。日の皇子と言えば、天武天皇の皇子でもあり、太陽の女神に喩えられる尼子娘の皇子と讃えているのです。それは、星の信仰を禁じて太陽を祀るように変更した天皇に、従った女という意味でもあります。
　海女(あま)は月の満ち欠けによって海に入り、魚や貝と語り合って漁をします。天体の運行に詳しい宗像の一族は船を操る海洋民でもあります。その祭神は宗像三女神で、手前の辺津宮から島にある中津宮、沖ノ島にある沖津宮を３つセットで祀っています。つまり測量の神、道筋を見分ける神です。遠くの高山と目の前の港と、自分の乗っている船の位置を、三角形を形作る事で把握する人々です。
　宗像三女神の辺津宮から中津宮、沖津宮へと一直線に宮は並んでいます。その向きに白鳥座が沈んでいきます。天の皇帝である天之御中主の星が白鳥座にあり沈んでいきます。星を祀ると言う事は、この白鳥座の中央を祀る事でもありました。
その宗像の娘が天武天皇（大海人皇子）と結婚して、星神の信仰を太陽神に変えます。でも、「わご大君」と愛しく呼びかけられる皇子は、星を祀る人々の希望の皇子でありました。「胸形徳善の娘が母親なら、私達の地位が危うくなることはないだろう」と、期待されました。

２
　藤原宮の作られた場所に、星神を祀る祭壇があったのです。古い神の祭祀場に氏神を新しく据える事が、権力者の第一の仕事です。それを許して従う事が、この場所に平和が来た事を知らせる一番の方法です。聖地は破壊されたのではなく、更新されたのだと、安堵します。ここを新しく都にした大君の力を讃えます。
都を作る責任者は高市皇子でありました。星を見る海人族の胸形徳善の孫ならば、星神の祭壇を壊して都にする仕事も任せられたのです。
でも歌人は新しい宮を藤原の宮とは詠わないのです。ここは藤井が原なのですから。万葉集の編者や後の人は藤原宮と書いても、歌の作者は星を映す井戸がある藤井が原と歌うのです。この井戸は藤原宮が作られる以前に、ここが何であったかを残す遺跡です。今は天皇の宮の井戸となって御井と呼ばれるようになりました。

３
　小高い山や岡に登って国見をするのは、天皇が即位した後に行う重要な仕事です。高市皇子は天皇ではなく、皇太子でもないのです。国見をしたりすれば、天皇に成り代わった行為ですから、謀反と見られる事になります。
でも高市皇子が天皇になってくれたらどんなに良いでしょう。だからささやかに、埴安の池の堤の上に立ってもらいます。山ではなく岡ではなく、低い土手に登って、出来たばかりの宮を眺めていただきます。国見まがいですが謀反ではありません。

４
新しい宮を眺めると、東に緑輝く香具山が見えます。青春の香具山を都の東門に喩えます。東宮(皇太子)ではなくとも、若い高市皇子を香具山を背にして東に招き座っていただくと、随臣は東を向いて皇子に対峙し座ることになります。
これから栄えていく昇り龍のような高市皇子と讃えているのです。
　機織りの縦糸に東西を喩えて、日の経(たて)のと歌い出しました。この当時、東が上である地図が、あったのかもしれません。

５
　香具山は東の門として美しく輝き、わご大君の将来の発展を約束しているようです。

６
　めでたい畝傍山は西にあって、都の西門に喩えられます。機織りの緯(よこ)糸に南北を喩えています。藤原京は日本で初めての、東西と南北に街路が整う条坊制を布いた都になりました。中国の都に倣ったのです。南北に通る朱雀大路を中心に町づくりが為されます。その南北線を「日の緯(よこ)の」と歌い、西の畝傍山に喩えるなら、日没の西に都を喩えたと解されるでしょう。西は老年の方位でもあります。西の没落の都になります。この歌は危険な歌になったでしょう。新しい都に呪詛をかけたと言われるかも知れません。この歌は柿本人麻呂の歌であろうと言われますが、作者不詳と書かれているのはこんな理由からかも知れません。

機織りでは横糸を「ひ」に巻き付けて経糸の間に通していきます。「杼(ひ)の横の」と詠う事はできても「杼の縦の」とは言いません。「日の径の、日の緯の」とあえて言っているのですが、当時「東の縦、西の横」と言えば誰もが思い出す景色がありました。その一つがオリオン座の三ツ星です。
　オリオン座の三ツ星は東から縦一列に連なって昇って来ます。少しずつ高くなって、真南に来た時には右上がりの斜めに並びます。オリオン座の三ツ星として、よく見る姿は南にあるときの姿です。それから西に沈んでいきます。西の地平線によこに並んで水平に沈んでいきます。
　東は縦に並んで昇って来て、西に来ると横に並んで沈むのです。現在なら、真東から昇って真西に沈む三ツ星を見ることが出来ます。

さらに、織姫星ベガと彦星アルタイルもそうです。
北東から昇って来る織姫星に３時間ほど遅れて彦星は東から昇ってくるように見えます。先に天高く昇っていく織姫星を彦星は追いかけていきます。それで西に沈む頃には、彦星は織姫星に追いついて、二つの星は地平線に水平に並んでいます。東の縦、西の横、である光景です。
「日の径(たて)の」「日の緯(よこ)の」と言っても、連想するのは夜空の星景色だったでしょう。それは宗像三女神を祀る家に育った「わご大君」にふさわしい情景です。

７
　めでたい畝傍山は山脈の奥にある高山ではなく、山脈の端にあって平野に面したハヤマであり、船人のたよりにするランドマークでありました。畝傍ではなく畝火と書くのは、その山の上に大火の星、さそり座のアンタレスが廻って来る事を象徴します。

８
　天皇の玉座の背面にある耳成山は北の大門に喩えられます。耳成山を「耳無し山」と書くなら、何を連想するでしょう。耳のような羽のあるミミヅク(耳付く)ではなく、暗い夜に鳴く猛禽のフクロウでしょうか。鳥の他に、蛇も亀も耳が無いように見えます。メスの亀とオスの蛇が絡まっているのが北を表す玄武です。耳成山は北の蛇山と呼ばれていた時代があったのでしょう。北斗七星を鎌首を持ち上げた蛇に見立てる事は容易です。耳成山の上に北斗の蛇が日周運動をしていたでしょう。

９
　耳成山に立って香具山を見ます。その上に大将軍星、わし座のアルタイルが来た時に、畝傍山の上にさそり座のアンタレス、大火の星が輝いています。左手の東の山頂に白い星、右手の西の山頂に赤い星。そして耳成山に立つ人の頭上には織姫星がありました。藤原宮のすべての人の頭上に織姫星が輝き、御井の井戸に織姫星が映るのです。その２時間後に、巨大な赤色矮星が天頂に廻って来ます。天之御中主の星です。この赤色矮星は北西に沈んでいきます。その向きに宗像三女神の神社は並んでいて、天之御中主を祀っていると想像されます。

１０
　大和三山は３つであることに意味があったのです。でも東西南北に御門のある都ですから、南の吉野山を加えます。名高い吉野山は都の南の大御門です。南とは何でしょう。そこには南十字星が剣のように立っていました。時代とともに南十字星は沈んでいって、指標となる星座ではなくなっています。逆しまに立つ十拳の剣は見えなくなっていったのです。

１１
　南十字星が真南に立つ時、天の川は地平線を取り巻きます。四方を高い山に囲まれた盆地では、その姿は見えませんが、山が低いと天の川は雲のように回りを取り囲んで見えます。

　山の際ゆ　出雲の児らは　霧なれや
　吉野の山の　嶺にたなびく
　万葉集巻三　柿本人麿(664-724)

『あきらめえぬ怨恨(うらみつらみ)をこの世に残して死んだ霊が人魂の如く地上低く徘徊するさまを描写した名である』と、星の和名を「儺の国の星」に書き残した真鍋大覚は、カノープスの項で語ります。
恨みを残して死んだ霊を、柿本人麻呂は「出雲の児ら」と呼びます。南の吉野の山にたなびく白いもやもや。それは霧であるのですが。言葉に出すのも恐ろしいのですが、四方を取り巻く天の川の姿でもあったでしょう。雲居と言う言葉に、死者への鎮魂をこめて、南の地、吉野を、その先の熊野を、死者の国を、眺めています。

１２
　想像もできないほど高い果てから届く星の光と、人知の及ばない天体の運行に従う太陽の光。夜は星の光が、昼は太陽の光が届きます。星と太陽は順番に互い違いに、地上を照らしているのです。

１３
　その両方を受けて常に輝くのは、御井の清水(ましみず)です。地上の水は昼も夜も輝いています。昼は太陽を受け、夜は星月夜に。自分では光らないのですが、天の光を受けて輝く清水も、やはり美しいものです。
星神を祀る時代があって、今それは禁止されて、太陽神に変わっても。
夜が過ぎて朝が来ても。地上の清水は変わる事無く輝いています。
施政者がどう変わろうと、私達は生きる希望を繋いでいます。星や太陽ではなくとも、泉を守る乙女達や私達市井の人々も美しいのです。
　星の神を祀る事は出来なくなりましたけれども。藤井の原にあった星神の祭壇は破壊されて、藤原京になりましたけれども。
　天頂を通過する天之御中主の星を観測する為にあるその井戸は、いまもそこにあって、御井の清水と呼ばれて大切にされています。
　母方に星神を祭り、父方に日の天皇をもつ「わご大君」。
あなたの若い姿に私達は希望を持っているのです。

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この藤原宮御井の歌の解釈には続きがあります。
東に座る様うながされた高市皇子の背後には、この時どんな星があったのでしょう。この日の星空を再現すると、格調の高いこの歌が星の下で詠われていたと実感できるのです。