鎌倉、まぼろしの風景。255

鎌倉市二階堂にある永福寺跡が整備されている。来春には公開されると言う。建物は再現しないけれど、池はかつての姿を取り戻すのだという。
横浜市金沢区にある称名寺の湖水のような、優雅な姿を思い浮かべた。
この永福寺の池も、もちろん闇夜には星を映していた。
だから、「池の設計も星景色に合ったものであるのだろうか？」そんな質問が来た。
とても嬉しいことです。鎌倉にある星景色の設計を、語ることができるから。
永福寺のGoogleの地図にskitchで星の向きを書き入れたものをevernoteで公開しました。
このリンク先に図があります。
永福寺の星景色下の航空写真と同じ図です。

池が作られてその水面に天頂の星々が写ります。
その池に橋をかけます。橋の上から星を見るのです。
今でも花火大会の時に、橋の上から見たりします。
橋の下の足の下に湖面の星。橋の上に頭上に星空。周囲は闇。
まるで宇宙に浮いているようです。
橋は渡るだけのものではないのです。水鏡の上に立つことができる仕掛けです。
鶴岡八幡宮の源氏池の旗上弁天の橋も、滑川に架かる橋と同じ向きですから、星を見る橋です。

図の赤い線をご覧ください。255度を向くと寺院の正面を見ることになります。
この建物は地形に沿って建てられているように見えますが、そうではなくて、255度を向くと寺院に対面するように作られているのです。そこに彦星が巡ってきます。中国の星座では将軍星と言います。
つまり源頼朝です。
北鎌倉の小袋谷川が北斗七星の形をしているのは、この将軍星を鶴岡八幡宮の上に輝かせるための設計でした。
参照：拙著「織姫星と鎌倉」p.78-86　

将軍星(彦星)を永福寺の伽藍の真上に迎えるのです。
その時右手を見れば、白鳥座の中心と織姫星は上下に揃って297度の方向にあります。沈んで行く星です。
297度の赤い線は建物の北の端を通っています。寺院の北の対に白鳥座と織姫星が入っていくように見えます。
この二本の赤い線の間に、織姫星と彦星の間に天の川があります。
鎌倉から天の川はもう見えないようですが、
夜の真の闇があった時代には、銀色の星の川が西に立ち上がっていて、
まるで永福寺の真上に滝になって落ちるように見えたはずです。非常に美しい光景です。
そしてこの時に振り返れば、真東にすばる星があります。
高く上がっていて山の上に見えたでしょう。
すばる星は地上の王ですから、それが東にあるということは、
これから成長する、発展するというイメージになります。
「この寺は将軍の寺である。地上の王は発展して行く。」
という景色になるでしょう。
永福寺は戦争で死んだ人達への鎮魂のお寺です。だから西に向かう景色で設計されます。
太陽や星が落ちて行く西の景色に当てはまっている寺です。
でもその設計には将軍を讃える「おまじない」が入っているのだと思うのです。
星月夜の鎌倉には星を景色に加えた庭の設計がなされているのです。

バーチャルリアリティの技術で、携帯のカメラをかざすと永福寺の上に彦星があって、
滝のような天の川が映し出される、そんな観光スポットになればいいなあと願っています。
もちろんその時には、永福寺の荘厳な姿もCGで再現されるわけです。

以上の説明は図の赤い線の解説です。
「織姫星と鎌倉」のカラーページ「磐船の冬星図2」に該当します。
この星の風景を発見した経緯は五章に書いた通りですが、永福寺の事例が見事に一致します。
寺の柱の跡が255度に並んでいるのを見て、もっと感激してもいいようですが、
最近は驚かなくなってしまいました。偶然ではないからです。
255度に彦星があって、297度に白鳥座と織姫星がある景色は
東の館の上にすばる星を招く為の設計です。
日本各地にある設計ですから、陰陽師の活躍した鎌倉に無い訳がない、と思うだけです。
こんなに美しい永福寺の星景色が再現できて嬉しいです。
そしてまたひとつ、重要なことを見つけます。
永福寺の東に、永福寺が出来た時代に、重要な屋敷があった、ということ。
瑞泉寺の門前にあたる「そこ」に何があったか、興味深いです。

図の緑の線は「織姫星と鎌倉」のカラーページ「出雲八重垣の夏星図4」に該当します。
永福寺の南の対の上に氷上星が乗ると、南十字星の一番上の星、葉室の星が真南に来ています。
この時北斗七星は北の空高く、柄杓の水を大地に撒いていて、織姫星は丑寅の５４度にあります。
そして天の川が北西の一部を除いて、ぐるっと四方を取り巻いているのです。
山の向こうからぼうっと霧のように立ち上がる天の川は、
滅ぼされた者達の恨みの姿であり、恐ろしい風景であったと、真鍋大覚は語ります。
しかし永福寺の地形は山が迫っていて、この四方を取り巻く天の川を見ることが出来ません。
亡者の魂が山の向こうから立ち上がって来るような恐怖は、この場所には無いのです。
「鎌倉は三方を山に取り囲まれている。」と言った場合、当時の人々がまず思ったことは、
この恐ろしい天の川を見ることが無い場所だという事でしょう。心理的に安全な町なのです。
扇ガ谷や浄明寺、北鎌倉では、北西への街道の他は山が迫っていて、
不気味な円環を見ずに暮らすことが出来ます。

さらに永福寺が建設される前は、この場所は何だったのか、を
地形と星で想像することができます。川の向きがそれを示しています。
川は簡単に増水して形を変えるから、遺跡として見られることが少ないかも知れません。
でも鎌倉の川を覗くと、川底の岩盤に人の手が加えられていることが想像できます。
川の向きを定めているのです。
永福寺の東を流れる二階堂川は、ある定型の向きに作られています。
星が川の向きに渡って来るのを待つ、その方位を示しています。
それは鶴岡市の黒川能に歌われた星の風景です。
鳥海山の上に北斗七星が立つと、月山の上にシリウスがある星の景色です。
あるいは源頼朝の富士の巻狩の星景色です。
富士山の山頂に北斗七星が立つと、天城山の上にシリウスがある風景です。
それは鎌倉市扇ガ谷の源氏山から見る星景色でもあります。
六国見山の稚児塚の上に北斗七星が立つと、
三浦半島の最高峰の大楠山241mに、シリウスが見えるのです。
丸山稲荷があった鶴岡八幡宮の上に北斗が立つと、小坪山頂にシリウスが来る。
それは大町の戎堂からの風景です。
「北斗が立つ」とはどんな姿なのか。それは鎌倉市民には馴染みのある姿です。
滑川にかかる大町橋に立つと、カドキホールのビルの壁に北斗七星が描かれているのを見ることが出来ます。
その姿が鳥海山に立つ北斗、富士山に立つ北斗です。
源頼朝が富士の巻狩で見た北斗七星なのです。

熊本の阿蘇や兵庫の西宮に、各地に繰り返し現れる「古式巻狩の星風景」は、
おそらく平将門の時代以前に遡るものです。
この永福寺跡は、寺院が出来る以前から大切にされた「狩り場」あるいは「牧」であったと、想像することが出来ます。