鎌倉、まぼろしの風景。263

　
　湘南モノレールの湘南深沢駅から富士を見る。湘南深沢駅前にあるJR工場跡地からは美しい富士山が見える。建物が取り払われて、広い空き地が広がっている。この辺りは洲崎古戦場跡地である。ここから富士山を見る事について、その景観について、再考した。それが「鎌倉とは何か」という問の答えになった。
　飛鳥の時代の鎌倉が星景色とともに現れてきた。だから語らずにはいられない。

　まずは景観と地理について、「塩の山」の例から語りたい。

　1)塩の山 (富士山を南に見る)
　古今和歌集に載る和歌に歌われる「さしでの磯」。その枕詞として「塩の山」がある。山梨県甲州市にある塩ノ山は、山脈から切り離された、加工された山に見える。有名なこの山が富士山の真北にあることは、あまり語られていない。都から見て東の、東国にあるはずの富士山が真南に見える所、そこが山梨県甲州市の塩ノ山だ。日本中にここだけの景色である。山梨県富士河口湖町からも南の冨士山が見える。でもそこは富士の裾野である。塩ノ山の北側は甲武信ケ岳があり、浅間山と榛名山であり、苗場山に行き着く。厳しい山岳が続く。だから山脈の向こうからひょっと頭を出した富士山を穏やかな平野の風景とともに眺めることができるのは、ここしかない。そこが「塩の山」である。地図のない時代に、これは特別わかりやすい指標になる。甲府盆地には縄文や弥生遺跡があるそうだが、南に富士が見える景観は、縄文時代から変わらないだろう。富士山を目安にすれば、住所番地が無い時代でも甲府盆地に、塩ノ山に、来ることができる。
　数千年時間が経ても、地球上の東西南北の位置は変わらないのだそうだ。地球の歳差運動で、北極星は時代が進めば違う星になるし、磁石が指す磁北も時間とともに指す向きが変化する。地球のS極とN極が反転することもあるそうだ。でも、地軸を南北とした方位は時代が移っても変わっていないと、イギリスのストーンヘンジの研究者たちは語っている。地球という団子に刺さった地軸という串は、地球の内部で動いた様子はないらしい。地球の自転軸なのだから、回転が続く限り変わらないと思える。だから数千年前の方位が今も変わらずにストーンヘンジに現れるのだという。東から昇る太陽は今もストーンヘンジの東から昇る。

　つまり古代から「富士山が真南に見える場所が塩ノ山」。甲府の盆地である。

2)神奈川県秦野市、鎌倉市関谷、横浜市栄区 (富士山を西に見る)
　同じ様に、富士山が真西に見える場所が、神奈川県秦野市だ。秦氏の伝承のある歴史の深い町である。鎌倉野菜で有名な鎌倉市関谷の農地も富士山が真西に見える場所だ。ここが江戸時代に開発されていなければ、古代の遺跡がいくつもあっただろうと想像される。真西の富士山の上に太陽が沈む時が秋分と春分の日になるのだから、ストーンヘンジのような構造物は作らなくてもいい場所なのだ。横浜市栄区のJR本郷台駅前や本郷ふじやま公園も富士山が真西に見える場所である。

3)富士見町 (富士山を西北西274度に見る)
　鎌倉市のJR大船駅から江ノ島を結ぶ湘南モノレールの富士見町駅の南に、富士山を正面に見る直線道がある。水道道と言うそうだ。西北西に伸びる直線道は自動車学校跡地で東西に分断されている。しかし自動車学校があった頃は、練習コースがあるおかげで建物が建たず、富士山が見える景観が保たれていた。この空き地に高層建築が建ってしまうと、この直線道を作って富士の景観を残そうとした人たちの文化は消えてしまう。(図1)

東を90度、南を180度とすると西は270度。この直線道は274度の向きに作られた。それはおそらく農地が無くなって景観を保存する必要が出てきた近年に作られた直線道なのだ。江戸時代には水田が広がっていて、富士山はどこからでもよく見えたはずだ。このような直線道は必要なかっただろう。家が建ち始めた頃に、ここだけは見通しが良く遮る物なく、富士山が見えるようにと、道を作って景観を残したのだろう。
道に立って振り返ると鎌倉市小袋谷の亀の子山が見える。富士山と亀の子山を結ぶと274度の直線道に重なる。この亀の子山を地元の古老は玄武であると語る。北の神の玄武である。では南は、というと、亀の子山の真南は甘縄神社。鎌倉で一番古い神社である。藤原鎌足の曾孫の染屋太郎太夫時忠が作ったと伝わる神社である。
甘縄神社のその先の南には三宅島の雄山の火口がある。その東端になる。三宅島の噴火は夜に赤い火として、由比ヶ浜からもよく見えただろう。これが南の神、朱雀に当たるだろう。つまり。亀の子山を六国見山の山塊の裾から切り出して、小さな玄武の山に作った人達は、甘縄神社を作った人達と同じ時代の人たちかもしれない。あるいはもっと古い時代か。こういうデザインを地上に作り出す人達は、古墳を作り出す人達に近いのではないか、と思う。
　274度の直線道を亀の子山のさらに東に延長すると、小坂小学校に至る。小坂小学校の裏山から見ると、富士山と亀の子山が上下に揃うだろう。274度の視線に二つの山が重なっている。この景色は非常に狭い地域からしか見えない。富士山と亀の子山が重なる場所は、ここしかない。

4)逗子市大崎公園 (富士山を西北西276度に見る)
　同じように、富士山と江ノ島が上下に揃って見える場所がある。こちらの方が雄大な景色になる。逗子市の大崎公園は披露山分譲地の西側にある。分譲地がまだない時代は、ここも披露山と言っただろう。以前の披露山は今の公園よりもっと広く、岬の全体を言っただろう。源頼朝が御家人を集って披露山に立ったという伝承もある景勝地だ。ここに立つと自然に、江ノ島と富士山を見ることになる。その向きは西北西276度である。披露山(大崎公園)に立つと誰もが、西北西の276度を見る様になる。(図2)

　頼朝の時代に、北西276度の富士山の真上に、わし座のアルタイル、彦星が降りてきていた。地平線より3度ほど高い富士山の頂上に、中国の「星経」で将軍星と書かれたアルタイルが降りてくる。星や太陽が西に沈んで見えるのは、地球の自転のためで、毎日星は同じ場所に降りてくるように見える。富士山の上に毎日降りてくる将軍星。それは当時の人々にとって特別な景観であっただろうと想像する。

では、富士見町の直線道の先、274度の向きに見る富士山の上に、将軍星が降りてくるのはいつの頃の景観だろう。それは鎌倉時代より前で、甘縄神社ができた時代700年代よりも前になる。

　iPhoneのアプリに「天文学３D＋」というプラネタリウムがある。西暦１年からの星空を再現してくれる。残念ながら紀元前は表示されない。それで西暦１年に設定して鎌倉から星空を見ると、西よりわずか北側に彦星、つまり将軍星が沈んでいく。富士山の山頂は地表から３度くらい上で、そこに星が来るのは西北西274度である。星は千年経つと歳差運動のためにズレて見えるが、数百年では変らないように見える。だから卑弥呼の時代や古墳時代に、富士見町から見ると、将軍星は富士山に降りていたのだ。

富士見町の直線道の274度の延長線上に、茅ヶ崎や平塚、藤沢や金沢八景がある。古代に富士山の上に将軍星が降りる景観を見ることができた場所だ。でも茅ヶ崎や藤沢は海に近く砂丘の上で、そこに館や寺院を拠点として作りにくかっただろう。星の沈む方角に富士山と亀の子山が重なるというような指標が作れない場所だ。また金沢八景からでは、海が深く陸地に入っていて、富士山は朝比奈の山の陰で見えなかったと思われる。
つまり、274度に将軍星が沈む時代に、富士山と亀の子山のような小さな山が重なる景観は、盆地と山がたくさんある鎌倉でなければ作れなかった景色なのだ。
そして深沢地区である。上町屋の天満宮から見ると、富士山と宮前の御霊神社の山が揃う。274度の視線である。その富士山に将軍星が降りてくる。つまり御霊神社の山に将軍星が毎日降りてくるように見えただろう。そこに平良文の館があったと、伝えられている。将軍星が降りてくる館である。
　村岡五郎平良文は鎮守府将軍であった。関東以北を支配した将軍だ。陸奥を視察中で、関東を留守にしていた時に、将門の乱が起きた。平良文は将門と戦ったのか、あるいは味方したのか、その辺りははっきりしない。

　上町屋の天満宮からみれば、将軍の館に将軍星が毎日降りてきていたのだ。こういう場所がめでたい場所であり、地域の有力者が抑えている場所でもある。星を景観に入れたデザインの一例だ。

5)将軍星が富士山に降りる場所それが鎌倉
　鎌倉には源頼朝の父の義朝の館があった。また御霊神社を氏神にする平氏が開拓した場所でもある。彼らが鎌倉を目指したのは、鎌倉に立てば「将軍星が富士山に降りる」そういうめでたい景観の場所だと言い交わされて来たからだ。そしてその時の鎌倉とは、深沢地区あるいは大船地区であったと思われる。鎌倉駅前から富士山は見えないので。
　つまり平安時代以前に、「鎌倉とは、富士山に将軍星が降りる場所」であった。残念ながら源頼朝は時代が遅すぎたので、星の沈む位置が変わってしまった。274度ではなく276度に富士山を見る披露山まで出かけて行って、その景観を楽しんだのだ。富士山と江ノ島が上下に重なって、そこに将軍星が降りてくるデザインを楽しんだのだ。現在は西北西280度辺りに将軍星が沈む。富士山に沈む将軍星を見るなら西北西278度に富士山を見る葉山町まで移動することになるだろうか。
　船乗りは遠くの山の頂きと手前の港の作る角度を見て航路を決める。あるいは、北極星と子の神社の灯明が上下に揃った時に、港の入り口を見つけたりする。これは砂漠を渡る技術と同じだ。富士山と御霊神社の山が揃う。そんな深沢地区から見ると、富士山の上に将軍星が降りてくる。鎌倉とは将軍星が富士山に降りてくる土地。その景観を毎日見ていたのが深沢地区、そして大船の盆地、富士見町なのだ。

6)歴代将軍の地
　歴史上たくさんの将軍が鎌倉にやって来ている。富士山の上に将軍星が降りてくる地を大切に思ったからだろう。

　藤原鎌足の息子の不比等、その息子の藤原房前(ふささき)(681-737)は703年に東海道の行政監察に赴く。22歳の若い東海東山両道節度使(辺境の傭兵の司令官)だった。彼は鎌倉市長谷に長谷寺を建立する。鎌倉に拠点を築き、当時は敵の多い藤原一族だったから、観音様にその場所を守ってもらったのだろう。

　関東8カ国の総追捕使(北方警備の仕事)と語られる伝説の染谷太朗大夫時忠は、相模国造の塗部氏であるそうだ。藤原氏の類縁関係、鎌足の玄孫と伝わる彼は、鎌倉市由比ヶ浜に館を作る。710年に行基(668-749)が草創した甘縄神社を創建する。甘縄の「あま」とは海女のこと、「なわ」とは魚を取る漁の縄とも言われている。しかし「あま」とは天であり、「縄」とは天球や地上に引かれた北緯、東経の事でもある。
参照：「儺の国の星」真鍋大覚著
甘縄神社の御祭神が天照大神になる以前は、ここで星を見ていた人がいたのかもしれない。

　桓武天皇の時代の征夷大将軍、坂上田村麻呂(758-811)の伝承を鎌倉市佐助の巽神社の縁起で読むことができる。アテルイと戦った彼が鎌倉を通った時に、葛原ヶ丘で神を祀ったという。葛原ヶ丘には日野俊基の墓があって、そこからは裾野をひいた美しい富士山が見える。今も人気の富士山の撮影ポイントである。

鎮守府将軍の村岡五郎平良文のことは先に書いた。

　源義朝(1123-1160)は左馬頭(さまのかみ)、治安維持に関わる仕事だそうだ。源氏山の麓に館を持った。源氏山の山頂から富士が見えるかは確かめていない。

　源頼朝(1147-1199)は征夷大将軍。鎌倉に幕府を開く。幕府の北の西御門一丁目に120mの山頂があって、ここから富士山に降りる将軍星を見たのかも知れない。

「星月夜の鎌倉」に立つと「将軍星が富士山に降りてくる」。鎌倉時代より以前に、鎌倉とはそういう場所であった。

星は空に沢山あるのに、なぜ将軍星(彦星)だけを語るのか。それは飛鳥、奈良時代に、織姫星と彦星、すばる星を見る習わしがあった、と考えるからだ。それが伝承されて、鎌倉時代にまで残っている。宮前の御霊神社の参道と鶴岡八幡宮の流鏑馬の馬場、永福寺跡から発掘されて明らかになった永福寺の向き、などに、星を景観に入れた設計が見られる。鎌倉は星月夜の鎌倉と歌われる、その証拠が、今も地上に残っているのだ。
　そしてその原型は奈良県の明日香村に求められる。鎌倉市大船と奈良県の明日香村には、似たような風景がある。現在の鎌倉市大船は開発が進み、景色を読み解く事は難しくなって来ている。それでもここに住む人々に愛された景観がある。その意味を考えていきたい。続きます。

　鎌倉市の「深沢地域整備事業に係るサウンディング調査」を知った。湘南深沢駅近くにある泣塔の周囲に公園を設ける計画があるそうだ。それは素晴らしいことだけれど、ここに十数階の高層マンションが林立するという計画はどうなっただろう。そうなれば富士山の見える洲崎古戦場跡地の、鎌倉時代の景観は再現できなくなる。今は更地になったJR工場跡地からは、隣の藤沢市の御霊神社の山が美しく見えている。写真に残しておかなければと思う。このまま運動公園やパーキングとして、見晴らしを遮らない保存はできないのか。鎌倉時代の景観を再現できる二度とないチャンスなのに。

　柏尾川を挟んだ西隣の藤沢市宮前の御霊神社には村岡五郎平良文の屋敷跡があったという。城跡は藤沢市村岡の城址公園になっていて、ここから湘南モノレールが鎌倉の低い山稜をぬって走る様子が見える。平良文は平将門のおじさんで、彼の下から鎌倉、梶原、長江、三浦氏や千葉、上総、秩父、河越、渋谷、江戸氏が出たそうだ。鎌倉幕府成立の時期に関東をまとめた一族だ。
　藤沢市村岡から柏尾川を渡って、深沢の御霊神社が勧請される。ここから由比ヶ浜坂ノ下の御霊神社ができ、今は権五郎神社と呼ばれている。鎌倉権五郎景正を祭る神社は近辺に多い。元は桓武天皇の時代に生まれた悪霊を鎮めるための御霊神社、桓武平氏が祀った神社だった。

　そして鎌倉時代はここ洲崎の戦場で終わりを告げる。最後の執権であった北条守時は洲崎で戦いに敗れ、北条一族は雪ノ下で自害、全滅する。湘南モノレール湘南深沢駅の北側の坂に、洲崎古戦場跡の石碑が建っている。

　深沢から始まり深沢で終わる鎌倉武士の歴史を、富士山のある変わらぬ景色の中で思う。富士山も御霊神社の山も、それらの景色は今も変わらない「鎌倉の遺跡,文化遺産」である。