鎌倉、まぼろしの風景。258

　
　愛媛県にカサネ石という磐座があることを知った。イワクラ学会のFacebookにはいつも刺激的な写真や動画が掲載される。

　カサネ石のある町の港の南には、二つの見事なトンガリ山がある。神奈備山である。
　奥の小富士山は高く、手前の山は低い。海岸の県道に沿って南下すると、山の風景は変化して行く。
　写真1

googlemapのストリートビューをskitchにより作図。
　私の立つ位置と、向こうの山と、その先の山。3つの位置関係で現在地を知るのは測量の技術であり、航海術であり、砂漠を渡る知恵でもある。神奈川県藤沢市の江ノ島に宗像大社の三女神が祀られているのは、この技術を継承するためだ、と思う。辺津宮、中津宮、奥津宮の3点に灯明が灯っているのを、一体どこから眺めたのだろう。

　カサネ石の北側から県道を南に移動すると、二つのトンガリ山が重なる地点に来る。手前の山に近づくに従って、二つの山は同じ高さに見えて来て、ここでピッタリ重なるのだ。見事な景観である。この地点でカサネ石を見ると、石は197度の方にある。(北を0度東を90度として見ると)
　写真2

googlemapのストリートビューをskitchにより作図。
　この197度を見るという行為は秘儀であると思う。いくつかの知識を重ねてあぶり出された角度である。
　実際にこの向きを見ていたという実例を、神奈川県横浜市金沢区の称名寺に見ることができる。金沢文庫として有名な鎌倉時代の寺だ。創建は北条実時により1258年と伝わるが、それ以前からの公有地、聖地であったと想像する。
　この寺院の参道が197度であり、その先に洲崎神社がある。この神社の境内の参道もやはり197度に設計されている。
　鎌倉時代に崇拝された神が後に弾圧されて、歴史から消えて行く事を思う。
　地図3

googlemapをskitchにより作図。
　拙著「織姫星と鎌倉」の巻頭の口絵に「八重垣の夏星図4」という題で、この「カサネ石を祀ったであろう時刻」の星空を載せた。説明は「七章八雲立つ出雲八重垣と銀河」と「八章氷上ライン」にある。
　その要約をここに載せて、197度を向く為の「カサネ石の設計」を語りたいと思う。
　この仮説は事例を積み重ねることで出来上がっている。ここに載せて反論をいただく事で、この仮説を育てて行きたい。
<仮説1>
　集落の重要地点Aからランドマークとなるトンガリ山の山頂Bを見ると、その向きは214度になる。
例
秋田県鹿角市の大湯環状列石Aから見ると、秋田市の森吉山1454mがB。
東京都町田市の田端環状積石遺構Aから見ると、神奈川県の大山125mがB。
神奈川県鎌倉市の旧石器時代、縄文弥生複合遺跡である常楽寺の山Aから見る、亀の子山30mがB。
福井県大野市の佐開遺跡(縄文)Aから見ると、冠山1257mがB。
神奈川県横浜市栄区の弥生遺跡のある笠間公園Aから見ると、鎌倉市山崎の天神山がB。

　縄文時代にはオリオン座の三ツ星が横一列に三つ並んで、B山の頂上に沈んで行く。そんな景観が眺められた。
　星はいつも同じ方位から昇り、同じ方位に沈んで行くように見える。A地点から見れば、三ツ星はいつもBの山頂に降りる。
　214度を見る祭祀場が作られた、と考えたい。
　しかし「星を祀るものは必ず亡びる」と言う様に、千年が過ぎると星の位置は変わって来る。オリオン座の三ツ星は現在は真西270度に沈んでいく。214度を見る祭りは廃れて行っただろう。何を見ていたのかがわからなくなってからも、祭祀の場所だけが大切に残ったのだろう。

　その祭祀場が復活する。新しい星が214度に来たのだ。それは700年代の前後、数百年間の星景色である。

<仮説2>
南十字星が南中した時に、天の川は地平線を環状に取り巻く。しかし500年代以降は南十字星の一番下の星が地平線に沈んでしまって、十字に見えない。代わりにガイドになる星が南西に見つかった。氷上星である。214度にあって、真南の南十字星の一番上の星、葉室星と水平に揃う。この時北斗七星は北の空高くにあって大地に水を巻く形になる。この景観を描いたのが日光輪王寺にあるマタラ神の図である、と考える。
　図から見てマタラ神は南180度と214度の中間、197度に向いている。197度を見れば、その背後に神がいる。天球の中心である天の北極を体現するのがマタラ神である、と考える。
図4

「織姫星と鎌倉」より

　仮説2を使って愛媛県松山市のカサネ石の設計を語ってみる。

　集落の北に神社があって、その参道は214度である。
　氷上の星を参道の先に迎えるデザインである。
　南にはかもせ島があって、葉室の星がその上に立つ。
　二つの星はマタラ神の従者の童子であって、その中間が祀るべき神の居所だと示す。
　集落の南の公園からみると、197度にカサネ石が見える。二つの山が重なった地点(公園)に立って、はじめて見える景観である。横浜市の称名寺の仏殿から参道の先を見る景観と同じである。

地図5
　これらはすべて、天の川が地面に倒れ、円環になって世界を覆う瞬間を教えている。そのための参道の向きであり、石の位置であると思う。
　現在語られている日本神話で言えば、スサノオは出雲八重垣(天の川円環)の内側にいるから、地平線がぐるっと天の川で囲まれた瞬間は、「スサノオが（天上ではなく）地上に居る」瞬間でもある。それは恐ろしい時間だと思う。

　山の景観は長い間変わることがなく存続する。その「景観は遺跡である」、そういう目で見直すと、同じデザインが繰り返し各地に現れることに気づく。
　苦労して環状列石を作る必要は無くなったのだ。日本の山河は見る場所を変えれば様々に変化して見える。二子山の間から昇る太陽。山頂に降りて来る星。
　そう見える場所を公有地にして、時代ごとに施政者に嫌われない様々な神をそこで祀ったのだろう。
　祭神は何であれ、その景観と山の向き、あるいは参道の向きが、人々は何を見ていたのか、を教えてくれる。
　高層住宅を建てて景観を壊す事は遺跡を破壊することに近いと、私は思っている。

追記
　横浜市金沢区の称名寺にはマタラ神を祀る真言立川流の聖教が残っている。鎌倉時代に広まった信仰が江戸時代に弾圧される。
　仏教界の言葉で北天の神は毘沙門天(多聞天)あるいは摩多羅神であるが、神道の方から語るとどうなるだろう。
　氷上神社の例を見よう。岩手県陸前高田市の氷上山から214度の向きに川が流れていて、その先に氷上神社がある。この神社の本来の祭神は瀬織津姫ではないか、というサイトを見た。
　参照:「月の抒情、瀧の激情」風琳堂主人

　瀬織津姫とは織姫に字ズラが似ている。織姫星は天の川の近くにある。そして七夕伝説では彦星のところまで川を渡るというのだからそこは津、港である。
　瀬織津姫が織姫星なら。織姫星は縄文時代の北極星であるから、天の北極を示している毘沙門天やマタラ神と同じ場所を体現した神になる。
　縄文時代に北半球から見えた天球の回転の中心に織姫星があった。
　この信仰が縄文時代から続くことを示していないだろうか。
　日本神話では星は悪神であるから、祀ることが難しかっただろう。特に昭和の戦争の時代には禁忌であっただろう。
　北辰信仰が盛んだったのは飛鳥、奈良の時代と、戦国から江戸時代だ。今では都市の街灯で夜も明るい空に、星は少ししか見えない。天の川を見ることのできる人は、いったい何人いることだろう。でも日本古来の神話には星の姿が見え隠れして、参道や山の向きに、星を見ていた人々の視線が残っている。天の北極、それが瀬織津姫なら、面白いなあと思った。