鎌倉、まぼろしの風景。278 

鎌倉、まぼろしの風景。


Kamakura,a land of illusions
          
     

イメージの翼に乗って「星月夜の鎌倉」を妄想するページ。

星座早見盤と地形図を持って、鎌倉の地上の星座を探検中です。

Kamakura,a land of illusions    

北鎌倉の石仏

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亡備録 私的用語集
大淀三千風の日本行脚文集


+++キリシタンと江戸文化

110.東渓院菊姫
北鎌倉と豊後竹田

111.キリシタンの二十三夜

112.東慶寺の姫

113.徳川直轄地の
キリシタン

114.キリシタン受難像

115.江戸の幽霊
お岩とお菊

116.江戸の狂歌師
酔亀亭天広丸

117.江戸の蕎麦とお菓子

118.禁止された教え

119.葛飾北斎の1834年
旅する江戸人1

120.近松門左衛門の1719年
旅する江戸人2

121.大淀三千風の1686年
旅する江戸人3

122.大淀三千風の鴫立庵
123.柴又帝釈天の1779年
旅する江戸人4

124.飯島崎の六角の井

125.古狸塚

126.六地蔵・芭蕉の辻と
潮墳碑

127.キリシタン洞窟礼拝堂

128.十字架の菜の花

129.黙阿弥の白波五人男

130.大山の木食上人
旅する江戸人5

133.「忠直乱行」を読む
旅する江戸人6

135.駿河大納言忠長の遺業
旅する江戸人7

136.松平忠長の侍達
旅する江戸人8

137.許六と芭蕉

138.忠直とサンチャゴの鐘
豊後竹田と北鎌倉

139.沖の花(大分 瓜生島伝説)

140.鎌倉の庚申塔1・キリスト磔刑図
141.鎌倉の庚申塔2・嘆きの猿
142.鎌倉の庚申塔3・猿の面

143.曾根崎心中の道行き

144.義経千本桜の幻惑

145.建長寺のジョアン

147.椿地蔵と手まり歌

148.鎌倉という名の火祭り

149.玉藻ノ前と殺生石

151.不屈の第六天社(藤沢)
152.第六天の女神(戸塚)
153.玉縄城の第六天(鎌倉)

154.お花畑と後北条氏

155.落柿舎と鎌倉地蔵

157.平塚の4手の庚申塔

162.十文字鳥居と手水鉢
(藤沢市江ノ島)

163.八橋検校の秘曲と「千鳥」

164.半僧坊と明治憲法

165.夜空にかかる十字架
(明月院の谷)

169.馬頭観音の天衣(1)
170.マリアの石碑(2)
171.マリアの影を石に刻む(3)

172.六地蔵、葎塚(むぐらづか)と芭蕉(山梨県)

173.化粧するお地蔵様

180.大淀三千風のすみれと芭蕉

181.謡坂と善智鳥
(うとうざかとウトウ)

182.善知鳥と江戸大殉教

183.芭蕉の見た闇
(名古屋市・星崎)

186.キリシタンの古今伝授

187.鎌倉仏教とマニ教

188.謎の桜紋

189.西行と九尾の狐

190.○と□ (丸と四角、マリアとイエス)

191.踊場の猫供養塔(横浜市泉区)

193.貞宗院様の遺言(貞宗寺:鎌倉市植木)

194.崇高院様の山門(成福寺:鎌倉市小袋谷)

195.鎌倉光明寺54世松誉上人(書かれた文字1)

196.涌井藤四郎の新潟湊騒動(書かれた文字2)

197.鎌倉大仏縁起・(書かれた文字3)

199.扁額にある記号(書かれた文字4)

200.こゆるぎの松
(1鎌倉の小動)

201.城山公園の石碑
(2大磯の小動)

202.小ゆるぎの里
(3寒川の小動)

203.謡曲「隅田川」と田代城主

204.イボとり地蔵の小石

205.港町の杯状穴

206.庚申様はすばる星(すばる星1)

207.六所神社のすばる星(すばる星2)

208.キリシタンと庚申様(すばる星3)

209.鎌倉キリシタンの伝承 1

210.東渓院の領地

211.大坂城の遺児
鎌倉キリシタンの伝承 2

212.手広村の大岡様
鎌倉キリシタンの伝承 3

213.田代寺安養院
鎌倉キリシタンの伝承 4

214.水戸光圀の鎌倉案内
鎌倉キリシタンの伝承 5

220.徳蔵山東渓院と梅田川の北斗
鎌倉キリシタンの伝承 6

236.山崎の女領主相高院
鎌倉キリシタンの伝承 7

238.豊後国岡城主中川久盛室、久松萬姫の「伊香保記」

249.萬姫の北鎌倉お散歩漫歩1崇法院琴姫様と山崎の谷戸

250.北鎌倉明月院洞窟と竹田市の三日月岩

251.萬姫の北鎌倉お散歩漫歩2山崎にまつわる家康公の姫君たち

252.萬姫のお散歩漫歩3「消えた村」善行寺村の謎

253.萬姫のお散歩漫歩4 葡萄の蒔絵と北鎌倉の琴姫様

260.夏目漱石のキリシタン1

261.「吾輩は猫である」とキリシタン

268.豊後竹田岡城主、中川久清公の浄因寺 (静岡県沼津市三津)

269.光顕院の御湯治と小坂薬師
(静岡県伊豆の国市小坂)

277.山崎の女領主を追いかけて10年目のまとめ


 


江戸文化に
キリシタンの影響を見る。

見ず 聞かず
言はざる までは
つなげども
思はざる こそ
つながれもせず

(心に思う事を
罰する事はできない)

諸国里人談 巻三一「三猿堂」
菊岡沾凉(米山)著1743年刊



写真集
私説:キリシタン遺物と
その影響下に作られたと思われる
石碑と石仏


亀の蔵

「鎌倉、まぼろしの風景」
の要約。

書かなかったことや
後から書き足す事ども。


知る者は言わず
言う者は知らず《老子》

資料集

きっかけ

はじめに

メール* 亀子

Twitter:@ninayzorro

ブログ:鎌倉、まぼろしの風景(ブログ休止中)
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私家版「織姫星と鎌倉」、リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」をぜひご覧下さい。鎌倉駅前蔵書室で読むことが出来ます。

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278.W字に流れる川はカシオペア座である(群馬県の鏑川)


                  


 W字の形に流れている川を見つけた。群馬県を流れる鏑川である。これはカシオペア座ではないかと思った。
 川は増水して容易に流れを変え、蛇行するから、今の地図上でW字に見えても、それがどの時代から続いているかはわからない。夜銀色に光る川筋を星座に見立てるなどどいうことは、鎌倉時代か、平安時代か、その始めは奈良時代の風習だと想像するから、千数百年も前の川の姿が今も残っているなどど、本気で言えるだろうか。そんなことを棚上げして、これはカシオペア座に見立てた川だと、言ってみる。そしてどこまで、このお話を続けられるか、やってみた。

 カシオペア座は北の空に見える星座だ。天の北極の周りを左回りに1日で1回転している。太陽が出ている間は明るくて星は見えないので、半回転だけ見ることができる。
 天の北極の右側(東側)にある時は3の字の形に立っている。左へ回り込んで天の北極の上にある時はM字の形に見える。左側(西側)に来るとEの字に立つ。それから天の北極の下に来るとWの字の形になる。群馬県高崎市吉井町と藤岡市を流れる鏑川のW字は、北の空低く見えるカシオペア座だ。だから南側からこの川を眺めていただろう。その観測地を地図上で探してみる。

 W字の真下(南)に299.7mの山頂があった。でも川に近すぎる。もっと南に下がると、747.0mの山頂があった。山の名前はわからない。残念だ。ここが観測地点に違いない。この山頂に立って北を流れる川を眺める。
 カシオペア座は地平線近くでは15度程の幅を持つ。だからこの山頂から右に8度の線を引いてみる。左には7度の線だ。二つの線の間は15度になるから、この間にカシオペア座がピッタリと入るはずだ。



GooglemapにSkitchで作図
 カシオペア座の見た目の大きさを示す二本の赤い線は多胡碑と山上碑に当たった。これに金井沢碑を入れて上野三碑という。国指定特別史跡である。
 681年の山上碑は近くにある山ノ上古墳の墓誌であるそうだ。
 711年の多胡碑は、羊という人にこの辺りを領地として与えると、書かれている。右大臣正二位藤原不比等の名がある。

 碑の周辺は屋敷や倉庫や町があって、夜には火が灯っただろう。観測地の山頂からでも、そこに多くの人々が住んでいると分かったに違いない。
 山頂から眺めて、二つの町の間に空のカシオペア座がすっぽりと嵌る。
 これで時代が分かった。鏑川のW字をカシオペア座に見立てた人たちは、7世紀から8世紀の人たちである。と言ってしまおう。

 プラネタリウムのアプリを出して、観測地を群馬県高崎市に設定する。時は700年。カシオペア座がぐるっと天の北極の周りを回転するのを見た。あれっ?
 今と違って、カシオペア座は地平線の下にほとんど沈んでしまう。見えなくなる。なるほど!回転するカシオペア座の見えない地下部分が、鏑川のW字なんだ。見えないから川で地上に描いたんだ。
 この景色があまりに幾何学的、人工的に見えるので、鏑川のW字は人工物だと思ってしまった。



StellariumにSkitchで作図
 プラネタリウムの星空は更に私をおどろかせる。天の川が地平線を、ぐるりと360度取り巻いている。これは南十字星の南中と共に、拙著「織姫星と鎌倉」で語った星空だ。
 真鍋大覚は、怨みを忘れない出雲の子等が霧になって現れる、と書いた。山の向こうにぼうっと光る天の川は、恐ろしい何か、人魂のような何かに見えただろう。それに取り囲まれている。恐ろしい。
 鎌倉のような三方を山に囲まれている土地は、この恐ろしい風景を見なくて済むのだ。西御門や扇ケ谷の奥から見れば、南側の海だって左右の岬で狭められている。更に向こうには伊豆大島が海を塞ぐ。鎌倉は安心できた町なのかもしれない。
 阿蘇の外輪山や甲府盆地の山脈などは、この恐ろしい星景色を隠してくれたのだろうか。

 南十字星が南中して、天の川が地平線を取り巻く時、北斗七星は高く上がってスプーンの水を地上に撒いている。中世の摩多羅神の画像が表す星景色である。
 その画像が表す向きに、鎌倉の荏柄天神の参道は作られている。横浜の金沢文庫称名寺の参道が作られている。
 日本中にある神社の参道のいくつかは、この向きに設計されている。
 その瞬間の時を、W字の鏑川は表している。1日に一度、天の川が地平線に倒れて取り巻く時。

 もう少し星空を眺めてみる。
 W字の左右に二つ明るい星が輝いている。
 右側は北東40度の位置に、白鳥座のデネブが低く出ている。
 左側は北西320度(-40度)にぎょしゃ座のカペラが、これも低く輝いている。
 観測地点から線を引いて地図上のそこに何があるか、調べた。



GooglemapにSkitchで作図
 北東40度の線は群馬県佐波郡玉村町に届いた。そこには式内社の火雷(ほのいかづち)神社(上野八ノ宮)があった。式内社とは927年の時点で朝廷にまでその名が届いていた神社のことだ。

 利根川左岸の倭文(しとり)神社を上之宮(九ノ宮)と言い、火雷神社は下之宮であるそうだ。その手前に貫前(ぬきさき)神社がある。貫前神社と火雷神社と結ぶと40度の線に重なった。
 また、少しずれてはいるけれど、「連取(つなとり)の笠松」で有名だという菅原神社があった。神社の脇にある趣のある旧道は見事な直線道で、その向きは40度であった。道の先にデネブが低く輝いていたのだ。
 つまり。天の川が円環になった時のデネブの位置に向けて神社が作られ、直線道ができている。白鳥座のデネブを見ていた人がここに居たのだ。

 次に北西-40度(320度)のカペラの向きに何があるのか、見て見た。
 -40度の線を引くと、鳥居の無い神社に出会った。住所が群馬県安中市鷺宮なので、この神社が鷺ノ宮なのだろうか。参道は-40度の直線道であり、引いた線に重なっている。
 更にこの参道を北西に伸ばすと信越本線に直交する。その辺りは碓氷川の南、安中市東上磯部の田園地帯で、驚くことに畦道が全て-40度である。
 いったい誰が、何を目安に、現代の畦道を-40度に作ったのだろう。
 信越本線に直角になるように設計したのならば、では誰が信越本線をこの向きに敷いたのだろう。
 恐らく、旧道がここにあって、道は踏み固められているから鉄道を敷くのに容易で、230度(320-90)の直線道は信越本線になったのだろう。
 信越本線に立って畦道を眺めると、北西の道の先にカペラが輝いていたのだ。

 W字の鏑川から始まる夢追いの作図はここで終わり。
 このような仕掛けを作った本当の目的は、天の北極の位置に有力者の屋敷や寺院を建設すること。
 雇い主からめでたい土地は何処か、どこに寺を作ったら良いのかと聞かれた場合、天の中心に当たる場所はこの土地ですと答える。何故ならカシオペア座が川に揃った時に、左右の巨星の下に二つの神社があって、天の北極の位置を教えてくれる。それは川の南の山頂から見なければわからない事。宇宙の中心に自らを置くなどと、不遜な設計が発覚するのは、この山頂に立った時だけだ。だから川はW字になった。そう私は思っている。遠い700年代あたりの出来事である。 
 
 



 

 リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」地湧社  60頁 600円。
 私家版「織姫星と鎌倉」 272頁 2000円。
 メールしていただければ郵送いたします。

      


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( 9.May 2018)

     

   
十字形手水鉢(神奈川県藤沢市)

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:::Top最新のページ:::

・・・地図上の直線
地図に線を引くとわかる設計
(ランドデザイン)

・・・地上の星座
天体の運行を取り入れた景観

:::1.天平の星の井19Apr:::
:::2.虚空蔵菩薩堂:::

3.霊仙山20Apr:::

:::4.飛竜の都市:::
:::5.分水嶺:::

6.道の意匠:::

:::7.修験道の現在形:::

:::8.鎌倉の白い岩:::

:::9.セキサンガヤツ:::

10.若宮大路のカレンダー:::

11.神奈川県の鷹取山:::

12.鎌倉の正三角形:::

:::13.鎌倉の名の由来:::
:::14.今泉という玄武:::

:::15.夜光る山:::

:::16.下りてくる旅人:::

:::17.円覚寺瑞鹿山の端:::

:::18.鎌倉の獅子(1):::
:::19.望夫石(2):::
:::20.大姫の戦い(3):::

21.熊野神社の謎:::
22.熊野神社+しし石:::

23.北鎌倉の地上の昴:::

24.ふるさとの北斗七星:::

25.労働条件と破軍星:::

26.北条屋敷跡の南斗六星:::

:::27.星と鎌と騎馬民 :::

28.江の島から見る北斗と昴 :::
29.由比ケ浜から見る冬の星 :::

:::30.鎌倉の謎(ひと休み) :::

31.御嶽神社の謎:::

32.塔の辻の伝説(1) :::
33.昇竜の都市鎌倉(2):::
34.改竄された星の地図(3):::
35.すばる遠望(小休)(4):::

36.長谷観音レイライン:::

37.星座早見盤と金沢文庫:::

38.鎌倉の墓所と鎮魂:::

39.ふるさとは出雲:::

40.義経の弔い:::

41.「塔の辻」の続き:::

42.子の神社:::

:::43.松のある鎌倉(1):::
:::44.星座早見盤と七賢人(2):::
:::45.山崎の里(3):::
:::46.おとうさまの谷戸(4):::
:::47.将軍のいましめ(5)井関隆子:::

:::48.ふたつあることについて:::

:::49.万葉集の大船幻影(休憩):::

:::50.たたり石:::

:::51.鎌倉の十三塚:::

52.陰陽師のお仕事:::

53.坂東平氏の大三角形と星:::
54.大船でみつけた平将門:::

55.神津島と真鶴:::

56.鷹取山のタカ
(八王子市と鎌倉市)
:::
57.鷹取山のタカ2(鷹の死):::
58.鷹取山のタカ3(宝積寺):::

:::59.岩瀬、伝説が生まれた所:::

60.重なり合う四神:::

:::61.洲崎神社:::
:::62.語らない鎌倉:::

:::63.吾妻社:::

64.約束の地(小休):::

65.若宮大路の傾き(星の都1):::
66.國常立尊(星の都2):::
67.台の天文台(星の都3):::

68.鎌倉の摩多羅神:::

69.地軸の神(星の道1):::
+++おわびと訂正+++
70.鎌倉と姫路(星の道2):::
71.頼朝以前の鎌倉(星の道3):::

72.環状列石のしくみ
(五芒星1)
:::
73.環状列石の使い方
(五芒星2)
:::
74.関谷の縄文とスバル
(五芒星3)
:::

75.十二所神社のウサギ:::

:::76.針摺橋:::

77.平安時代のジオラマ:::

78.獅子巌の四神
(藤原氏の鎌倉)
:::

79.亀石によせる:::

80.山頂の古墳:::

:::81.長尾道路の碑
(横浜市戸塚区)
:::

82.柏尾川 天平の大船幻想1 :::
83.玉縄 天平の大船幻想2 :::
84.長屋王 天平の大船幻想3 :::
85.万葉集と七夕 天平の大船幻想4 :::
86.玉の輪荘 天平の大船幻想5 :::

:::87.実方塚の謎(1)
鎌倉郡小坂郷上倉田村
:::
:::88.戸塚町の謎(2)
鎌倉郡小坂郷戸塚町
:::
:::89.こぶた山と雀神社(3):::
:::90.雀神社の謎(4)
栃木県宇都宮市雀宮町
:::
:::91.実方紅雀伝説と銅(5)
茨城県古河市
:::

:::92.北鎌倉の悲劇:::

:::93.こぶた山と奈良東大寺:::

:::94.王の鳥ホトトギスとミソサザイ:::
:::95.悪龍と江の島:::

96.海軍さん通りの夕日:::

▲★97.今泉不動の謎:::
98.野七里:::
99.染谷時忠の屋敷跡:::

100.三ツ星とは何か
(またはアキラについて)
:::

:::48.ふたつあることについて:::
101.亀の子山と磐座、火山島:::
102.秦河勝の鎌倉:::
103.由比若宮(元八幡):::
104.北鎌倉八雲神社の山頂開発:::
105.北鎌倉 台の光通信:::
106.鎌倉の占星台:::
107.六壬式盤と星座早見盤:::
:::108.常楽寺 無熱池の伝説:::
:::131.稲荷神社の句碑:::
:::132.鎌倉に来た三千風:::
:::146.幻想の田谷 横浜市栄区田谷:::
150.鎌倉 五芒星都市:::
158.第六天社と安部清明碑:::
159.桜山の朱雀(逗子市):::
160.双子の二子山と寒川神社:::
:::161.ゴエモンの木:::
:::134.ここにあるとは 誰か知るらん:西郷四郎、会津と鎌倉:::
:::166.防空壕と遺跡(洞門山の開発):::

167.地上の銀河と星の王1(平塚市):::
168.地上に降りた星の王2
(鹿嶋神宮、香取神宮、息栖神社)
:::
174.南西214度の縄文風景(金井から星を見る):::

::: 175.おんめさま産女(うぶめ)伝説 (私説):::
176.おんめさまとカガセオ:::

177.南西214度の縄文風景 2
(大湯環状列石とカナイライン)
:::

178.御霊神社と鎌倉
(南西214度の縄文風景3)
:::

179.源頼朝の段葛とカガセオ
(南西214度の縄文風景4)
:::

::: 184.鎌倉の小倉百人一首:::

::: 185.鎌倉の小倉百人一首 2:::

:::156.せいしく橋の伝説:::
:::109.北谷山福泉寺の秘密:::
:::192.洞窟と湧水と天女:::
:::198.厳島神社の幟旗:::
:::206.庚申様はすばる星(すばる星1):::
:::207.六所神社のすばる星(すばる星2):::
215.権五郎神社と彦星
216.扇湖山荘と星
217.その八重垣をギャラクシーという
218.逗子市沼間の地上の北斗
219.星宿橋と梅田川の北斗
220.徳蔵山東渓院と梅田川の北斗
221.東慶寺の景観とすばる星
222.大船の南斗六星と星ガ谷
223.長岡京の彦星線

224.二宮町の出雲八重垣
225.六人の勇士 池子の蛇退治1

226.石楯尾神社の星

227.阿蘇内牧温泉の星
228.阿蘇神社と鶴岡八幡宮
229.カガセオの星
230.摩多羅神の居る鎌倉
231.深沢の星景色
232.鎌倉の熊野神社
233.猪鹿狼寺の秘密
234.泣塔が見ていた星
235.霜月祭のヘンバイと星
237.京都下鴨神社の星
239.スカイ島の立石と銀河 The Storr&MilkyWay
Scotland&Cygnus/1

240.オークニー島の世界遺産と天の川 Heart of Neolithic Orkney&Cygnus
Scotland&Cygnus/2

241.緑の洞門(北鎌倉駅のトンネル)とその稜線について
242.緑の洞門と北鎌倉の星の景観
243.「道の先」と円覚寺、東慶寺、浄智寺の星景色

244.藤原の宮の御井の歌

245.見開かれた眼
246.高市皇子の星空 藤原宮御井歌2
247.天文現象の事実と記載された歴史の差 藤原宮御井歌3

248.天武天皇とすばる星 藤原宮御井歌4
254.越木岩神社とイワクラ

255.永福寺跡の星景色

256.北西312度の白鳥座
257.源頼朝の古式巻狩
258.天の川が地平線を覆う星景色(かさね石)

259.鳥羽三女神の星景色 熊野4

262.北斗七星の滑川

263.深沢の星景色から「鎌倉」を知る

264.鎌倉の太子道 飛鳥と鎌倉

265.米良神楽の星景色と鎌倉神楽

266.遺跡としての風景
島根県安来市の十神山


267.丸亀、斑鳩、橿原、鎌倉。
すばる星の下に


270.衣張山をどこから見るか
(神奈川県鎌倉市)


271.二上山の日没と白鳥座
(双耳峰2)


272.讃岐七富士堤山と飯野山
(双耳峰3)


273.石木の星景色(ご来光と星)

274.安閑神社の神代石(滋賀県高島町)

275.御所原遺跡と二ツ森(岩手県一戸郡)

276.波切神社と鎌倉の星の井(三重県志摩市大王町)

278.W字に流れる川はカシオペア座である(群馬県の鏑川)
......池子王の戦い 池子の蛇退治2


資料集

きっかけ

はじめに

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