鎌倉、まぼろしの風景。272

　長崎県の石木ダムの反対運動を知った。自然破壊の原因となるダム建設は、もう時代遅れである。ダム予定地の写真に、魅力的な山が写っていた。早速、長崎県東彼杵郡川棚町石木を地図で開いて見た。

　奈良時代の星空を、その土地の川や山頂の見え方を加えて再現する。そういう星景色を追求していくと、いつも出会う場所がある。ダムなのだ。
　ああ、ここもダムになってしまったんだ、と思う。かつての村が湖底に沈んでいるのだ。
　どの町にも村にも、歴史が積み重なっていて、遺跡がある。でも都市部では、古いものは残っていなくて、伝承跡地だけが残って語り継がれている。そんな中で、今の今まで、山河の風景ごとそっくり残っている地域が、ダムに変わってしまうのだ。惜しい事だと思う。

　手付かずで残った景色には意味がある。田畑にして常に手を入れて、山の姿が見渡せる場所には、重要な仕事があったのだ。それが景色である。
　鎌倉では⚪︎号緑地と呼ばれて、保存されている山地がある。吾妻社跡地は公会堂になり、台山の広い谷戸は中央公園になった。
　しかし。農家が最後まで農地として使い、その景色を壊さなかった場所が、その意匠を理解されないままに、開発されて消えていく場合もある。私は横浜市戸塚区の田谷の風景が、あの中世が残された風景が、自動車道路の橋桁の下に落とされるのを惜しむ。奈良の大仏殿から見た御蓋山の風景が、田谷に再現されていた過去の意匠を惜しんでいる。

　そこに住む人たちも知らない、今となっては伝承も無い地域に、強い愛着があるのは、そこが特別な場所であったからだ。その記憶は消えていないのである。
　「風景は遺跡である」と、声を大にして伝えたい。だから川棚町の星景色についても、語りたいと思う。ダムになれば人は入れなくなる。その場所からの風景は消える。昔の人たちが仕掛けた知恵に満ちた風景が消えるのは惜しい。天体の運行を見守りつつ季節を過ごしていた人々の知恵。そこに星を見る装置が千年、千数百年間も、仕掛けてあるからだ。
　あくまで私説であるけれども、見る人が見たら、賛同していただけるのかもしれない、と思う。
　　 ★

　地図を見てみる。
　川棚町の東にある虚空蔵山には、秋分の日に御来光を見るという慣習があるそうだ。山頂で日の出を見るのなら、暗いうちに山頂に居なければならない。登山道が見える明るいうちに山に登り、日没を迎えて山頂で夕食をとるだろう。9月23日だから、一眠りしても凍えたりはしない。山頂で日の出を待つ間に、満天の星を眺めていただろう。
　日の出の1時間半前に、カノープス、南極老人星が地平線から出る。この日のカノープスの南中は日の出の13分前。とっくに空は明るくなっていて、もうどの星も見えないだろう。

　山に登って御来光を迎えるという習慣は、修験道から来ているのかもしれない。日の出を心待ちにする。しかし実際には、山頂に登って全天に広がる星景色を見ている。時間をかけて、どのくらい星が移動するのかを見ている。そういう体験をする機会なのだ。
　星を見に、山に登るとは言わない。でも、ここで天の川が回転する様を見て、見つけにくい高木星、アンドロメダの銀河を見つける。
　すばる星の輝きに見惚れる。そうやって時間をかけて日の出を待ったはずだ。そうして南の低い位置にカノープスの姿を見つける。
　その頃には太陽の光が空を明るく照らして、御来光を見たら下山である。むしろ御来光までの星見の時間なのだ。
　御来光を拝むのは太陽信仰である。しかし、星見の時間でもある、と思った。

　ここで、なぜ、山に登って御来光を見る日が秋分の日であったのかがわかる。この日以前は、太陽の位置はカノープスに近く、星は昼間に出ているからだ。見えないのだ。
　秋分の日を過ぎれば、日の出前の南の空に見え始めて、冬至の頃には真夜中に南中している。春になれば、暗くなったばかりの夕べの南の空に見える。春分の日を迎えると日没の残光に見えなくなってしまうのだ。
　つまり、見ることができれば寿命が伸びるとも言われる星、見ることができればその年は戦乱がないと言われる星は、秋分の日から見る。
　この日が初めの、季節の節目であったのだ。

アプリ天文学3D＋

　石木郷の星景色に話を進めよう。
　石木の隣に岩屋がある。町の観光地図に載っていた岩屋権現は弘法大師創建の伝承がある。この辺りで一番古い伝承地ではないだろうか。弘法大師は800年代の人だけれど、彼(もしくは彼の部下)がここに来たのは、この場所がすでに有名であったからだ。修験道の役行者は600年代の人だそうだ。この時代あたりから、岩屋権現の位置は決まったのかもしれない。
参照:川棚町観光マップ

　岩屋権現の鳥居は街道に面した所に立つ。そこを虚空蔵山から見下ろすと、南西245度である。
　虚空蔵山608mは九州のマッターホルンとも言う。甲後(こうご)岳と呼ばれていたそうだ。神籠(こうご)岳、神籠る山であったのだろうと伝わる、修験の山である。
　

地理院地図にSkitchで作図

　
　この辺りでは北東から南西への視線があると、地図を見て思う。
　南西245度ヘの視線は、山の頂に、尾根の向きに、古道の直線になって今も残っている。
　石木郷の地図を見る。
　④は山頂が南西245度に延び、③は川棚八幡宮からの視線が辻に向かって245度である。その参道は今は230度(50度)であるけれども、古い時代の川筋を想像することができる。
　②は、地域の共有地が学校になる例の一つだと思う。人々が集う場所は時代を経ても学校に姿を変えて守られて来たのだろう。山頂から学校の辺りを見れば南西245度である。
　①は地蔵尊の前の交叉点に立つ。ここから星を見る直線道が南西245度に沿って作られている。見事な古道である。
　交叉点に立つと、南西にお尻の形の山が見える。双耳峰の船形山ではないが、鎌倉市長谷の山から見える葉山の二子山に似ている。

地理院地図にSkitchで作図

　繰り返し地図に現れる245度の視線。何を見たのだろうか。どの観測点から見ても、同じ時間に同じ星が通過するだろう。
　この直線道は太陽という星を見ていたのではないかと、仮定してみた。245度に沈む太陽を見ていたのではないか。
　245度に沈む太陽とは、冬至の前後の小雪の日(11月22日)と、大寒の日(1月20日)の日没であった。

グーグルマップのストリートビュー交叉点に立って直線道の先の、お尻の形の山に太陽が沈むのを見る。それは冬至をはさんだ小雪と大寒の日である。

　さて、この日没の明るい空は、1時間半経っと天文薄明が終わった暗い空になる。天文フアンはこの辺りから望遠鏡を空に向ける。そこにどんな星が輝いていただろう。
　 ★

　200年11月22日16:48 小雪の日没の後。1時間半が過ぎて。
　星空は「サルレ王の星景色」になっている。
参照:267.丸亀、斑鳩、橿原、鎌倉。すばる星の下に

　北斗七星は北から7度西にずれた所で水平になり、北斗の柄の端の星ベネトナシュは343度に輝いている。その向きに向けて、直線道が各地に作られていた。その向きは200年代の星の向きである。
　最も有名な343度の直線道は法隆寺に向かう太子道である。鎌倉では、せいしく橋から離れ山に向かう古道である。
　ここで石木郷の地図を見直すと、この343度の直線道が見えてくる。北斗七星が低く水平になった時に、ベネトナシュ、破軍の星に向けて作られた直線道が、河内館跡から上石木橋に向かって残っている。見事である。

グーグルマップにSkitchで作図

　星空の典型となる風景がある。「サルレ王の星景色」もそういう星景色の一つである。
　石木郷の交叉点に立って、西南西のお尻形の山に陽が沈む日。
　北斗七星が水平に低く横たわる星景色が現れる。
　 ★

　ところで。西南西245度の視線は、振り返ると東北東65度の視線になる。
　とんがり山の山頂は石木郷の交叉点に立つと、太陽の登って来る山になる。
　東北東65度から日が昇る。それは小満の日(5月21日)の日の出であり、夏至を過ぎて大暑の日(7月23日)の日の出である。
　気候の良い5月の21日。太陽が昇る前1時間半前に。暗い夜空に、星景色が見える。
　白鳥座が南中している。白鳥座の中心にあるサドルという星がまさに天頂に上がっている。十字路の直線の向きに天の川が揃って、白鳥の翼の向きにも道が揃う。十字路は地上に落ちた白鳥座の北十字そのものだ。

　近くの上石木橋に立てば、川の流れに天の川が重なっている。水面が銀色に光っている。橋は白鳥座の翼の向きになり、まるで織姫星と彦星を結ぶカササギの渡せる橋のようだ。
　伊勢内宮の宇治橋や日光東照宮の神橋は、皆この上石木橋と同じ向きに作られている。日本全国にある、その土地のランドマークとなる橋、擬宝珠で飾られた赤い神橋は、全てこの上石木橋と同じ向きに作られている。

　石木郷の十字路に立つ。小満の日の日の出の1時間半前に。
　星が星景色の定位置に着く。まるで舞台の名場面のように、文字通りのスターは定位置についてポーズをとっている。
　そして空は明るくなり、日の出を迎える。日の出前の最後の星景色が、白鳥座の南中という星景色であった。
　 ★

　日本人には星への関心が無かったように思われると、野尻抱影は語る。日本海軍の軍艦に勇壮な星神の名を付けたいと願った政府は、彼に星の和名を調べさせた。しかしどこへ行っても星の和名は見つからない。日本人は星を見ていなかったのだろうか、と。
　宮沢賢治は、庚申様がすばる星であると書いた。
　清少納言は、星はすばる彦星と書いて、織姫星を語らなかった。
　縄文時代に北極星であった織姫星は、天皇の前で語られなかった。
　天球の回転の中心である北極星の位置は、織姫星から兜跋(とばつ・ツバーン)を経て、今のポラリスからまた織姫星に戻る。その歳差運動を、天帝の変転を、聡明な清少納言は語らなかった。兜跋毘沙門天の像が寺院にはあって、毘沙門天が北極星であると知っていただろうに。
　時代ごとに天帝の位置は、違う星によって務められて来た。それは日本の天皇制の国情に合わず、語られなかったのだ。

　真鍋大覚の著作の「儺の國の星」と「儺の國の星拾遺」には、星の和名が数百も挙げられている。昭和の戦争の時代には語られなかった星の名である。
　星を見る直線道が日本の各地にある。鎌倉にもある。石木郷にもある。
　それらは弥生時代後期から古墳時代の記憶であり、飛鳥時代の直線道である、と思う。星の向きがそれを語る。
　景色から読み解かれる人々の暮らし、天体の運行と共に暮らす日々を、その証拠となる直線道を、残し伝えてもらいたいと願う。

　

　リーフレット「星月夜の鎌倉と塔の辻」地湧社　60頁　600円。
　私家版「織姫星と鎌倉」　272頁　2000円。
　メールしていただければ郵送いたします。

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（ 5.Nov. 2017)