鎌倉、まぼろしの風景。266

　ピラミッド型のトンガリ山は、その稜線から容易に空の一点を示すことができる。
　山の上に星が巡って来る。その瞬間を山の形は教えてくれる。
　トンガリ山のある風景は、そこに人が立って星を見ていたことを想像させる。
　その山は地上の目盛りである。
　星空は千年経過すると様子が変わって来る。暦として不変の時を刻む星空は、わずか千年しか持たないのだ。星空がどう変わっていくか、それを見届けるのは、人の世代を超えた意志である。
　樹木は数百年生きるけれど風で倒れたり落雷で焼けたりする。
　星に対する地上の目盛りは、千年以上位置が変わらない巨石か、トンガリ山になった。

　今、各地の巨石群はその価値を忘れ去られ、イワクラは壊されている。
　岩は崩され放置されて木に埋もれている。
　巨石が太陽や月の光で輝いて、麓から仰ぎ見られていた時代があった。
　トンガリ山も今は削られて姿を変える。
　あるいは見通しのきかない高層建築に囲まれて、山は役目を終える。
　光害で星の無い明るい夜空の下で、天の川が刻々と姿を変えることも知らずに生きる。
　時計を見続ける毎日は、太陽や月、星とは無縁の生活を生涯続けることだと、気づく。

　風景はどこから見るかで変わる。空間の大きさや見ている方位を風景で知る。動く物に乗っていれば、速さと時間で景色は変わっていく。
　同じ風景が繰り返し現れるなら、それは円運動をしているからだ。星空も。
　福岡県那珂川町の真鍋大覚は、人は土器をろくろで作って遠心力を理解したと語る。
　星空は少しづつ外側に飛ばされて、拡散していくと、理解されていた、と。

　千年で風景が少し変わる星空の、変化を知る目盛りがトンガリ山である。
　では、どこに立ってあの山を見たのか？
　その時にどの星が山上に来るのか？
　その瞬間を知って、何がわかるのか？
　時代を仮定してプラネタリウムで星空を再現すると、その答えが出る。
　トンガリ山の風景が機能していた時代を知ることができる。
　古墳を作って風景をデザインした時代、天文学を大陸から輸入した時代。
　その後の700年代と仮定して、星空をトンガリ山の風景に重ねて見た。

　島根県安来市の市街から見える十神山は見事なトンガリ山で、神域として守られてきた。
　砥神山とも書き、イザナギとイザナミ以前の十柱の神を祀るという。
　時代の施政者とそこに住む人々の折り合いで、様々な伝説が生まれるだろう。
　安来市を知らないので、伝承とは無関係に、
　ただ地形と星図を頼りに十神山の風景を考えてみた。

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　安来市の地形図のA地点に立って十神山を見ると、北東54度に山頂が見える。
　その上を毎日織姫星が通過していく。冬の間は昼間に通るので見えない。
　織姫星が十神山の上に来ると、天の川が円環になって地平線を取り巻く。
　出雲八重垣と歌われた風景である。

　天の川は天を二分していて、円環の中と外とを分ける。
　天の川の内側に、スサノオが居た。
　八雲立つ出雲八重垣　妻籠(つまごみ)に八重垣作る。
　妻と二人でこもるから、周囲に垣根を作ったという。
　天の川が夜空に立っているときは円環は天にあるけれど。
　地平線を取り巻く天の川であれば、その内側は地上に重なる。
　１日に一度、スサノオは地上にいるのである。恐ろしい。

　十神山に織姫星が来た時、南十字星が南中していた。
　南に山脈があるから、南十字星の一番上の葉室の星は見えたかどうか。
　低く上がる星が山脈の上に光ったかもしれない。
　その葉室星の右手に、水平に同じ高さに氷上の星が見えた。
　214度。南西に、葉室の星と同じ色の氷上の星がそろう。
　その下に月山の山頂がある。月山もまた南十字星の南中を知らせる山である。
　南十字星が完全な十文字の星座として見えたのは500年代くらいまでで、
　歳差運動のために今は地平線の下に沈んだまま、見ることはできなくなった。
　100年単位で沈んでいく星を、安来に住む人たちは見ていたのだろう。

　葉室の星と氷上の星の中間が197度。摩多羅神の見ている方角である。
　その下に独松山の山頂がある。独松山になにが祀られていたのかと思う。

　全国の神社のいくつかに197度の参道がある。
　神奈川県鎌倉市なら荏柄天神社の参道。杉本寺の参道。
　神奈川県横浜市なら称名寺の参道。
　皆美しい風景を作り、視線を197度の方へ導いている。
　197度の参道がある、ということは、織姫星を54度に見ていた。
　その時天の川が円環になるのを知っていたのだ。
　時代とともに沈んでいく南十字星の南中を知らせる参道である。
　十神山に織姫星が見える時。
　その風景を安来の人々はどんな感慨で眺めていたのだろう。
　神域で守られた山、十神山が現存する。その事からわかる風景の秘密である。

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